ドサ日記 雑草帝国の辺境

都会人もすなるブログといふものを、田舎者もしてみむとてするなり。

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メイド服、巫女衣装で萌える?

二杯の豚丼――マテリアルゴースト二次小説

 いつも通り、と言ってしまえばそれまでなんだけど、それは唐突な電話だった。
『もしもし、鈴音、私。あなた、ちゃんと修練やっている? まさかまた、幽体離脱能力を悪用してノゾキとかしていないでしょうね? 神無の家名に泥を塗るような行為はやめてね。そうでなくても国の指定から外れて大変な冬の時代を迎えようとしているんだから』
 私の都合や言い分など無視して一方的に電話から声が発せられる。なんか、最後の方に聞き捨てならない台詞があったような気がしたけど。
『今日電話したのはね、あなたには現守高校をやめてこっちの地元の高校に転校するための準備をしてもらうためだから。とはいえ、いきなりそんなことを言われても事情を聞かされなければあなたも納得しないだろうから、一応、事のあらましを説明しておくわね。』
 事情を説明されたとしても納得できそうもない話だったが、私が抗議の声を発する前に、姉の説明が始まってしまった。
『神無家は国の委託する霊関係の仕事を一手に引き受けているわけだけど、それは昔は無条件に契約していたんだけど、最近は時代を反映して入札制度になっているのよね。で、このたび来年度の入札が行われて、神無家は負けてしまったのよ。つまり、来年度は神無家の収入源が断たれるわけよ。ここまで理解できた?(いまいち理解できていないが、質問すらさせてもらえずに姉の話は続いた)収入が無くなると、後は経費を削減するしか無いわけよ。つまり、実家から離れた高校に通っているあなたは、一軒家の家賃といい、お手伝いさんの人件費といい、生活費の仕送りといい、学費といい、削除対象となったのよ。国との契約が正式に切れるのは来年度からではあるけど、その時に備えて今すぐに経費削減は始めなければならない。だからあなたは、今の高校をやめて、地元に帰って来なさい。地元の高校に通うのなら、神無家からも学費は出します。ただし、あなたも学費の足しにアルバイトでもしてもらうことになりますけどね。最近、この辺にもコスプレ喫茶なんてのができて、時給も高いらしいから、メイドなり巫女なりのコスプレをして働きなさい(ちょっと今スゴイ穏やかではいられないことを言われた。能力的には大したことないとはいえ、本物の巫女である私が巫女のコスプレをするなんて……死にてぇ、だわよ)。というわけで、そっちの高校に通うのは今月いっぱいってことで。今住んでいる家も引き払うことになるから、今のうちから片づけを始めておきなさい。中退や転入の手続きなどはこっちでやっておいてあげるから。分かったわね? それじゃあ、電話切るわよ……』
「ちょっ! ちょっと待って!!」
 私は焦った。これが焦らずにいられるだろうか。
『……何か質問でもあるのかしら?』
「そ……その……納得できない部分は多々あるんだけど、どうしても現守高校をやめなくちゃならないの?」
『学費やら生活費やら、諸々の経費をあなたが一人ですべて支払えるというのならば、別にやめなくてもいいわよ。でも、そこまでしてしがみつきたい学校じゃないでしょ。偏差値だってそれなりでしかないようだし。転入先は、名門大学の付属高校だから。エスカレーター方式で楽に大学まで行けるわよ。噂では、合コンもひっぱりだこというくらいモテモテらしいわよ』
 転入先の話を聞いて、ちょっといいかな、と思ってしまった。いけない、いけない。合コンとは言うけど、私なんてどうせ人数合わせにしかならないだろう。例えば三対三だとしたら、一人は真儀瑠先輩のような人で、一人はユウさんのような人で、モテるのはその二人ばかり、なんてことになるのが目に見えるようだ。私は「地雷」扱いがいいところだろう。そうでなければ「巫女」であることに奇異の目を向けられてイタい思いをするかのどちらかだ。
「わ、私……できれば現守高校をやめたくないんだけど……」
『何故なの? 明確な理由はあるの? 言ってみなさい。聞くだけは聞いてあげるから。あなたの希望通りに行くという保証はできないけれども』
 蛍と離ればなれになりたくないから。
 そんなことをバカ正直に言ったりしたら、瞬殺で却下間違いなしだろう。
「ほ……ほら、現守高校には、霊体物質化能力を持つ式見蛍がいるじゃない。彼の動向を監視するためには、私が現守高校に通うのが、一番自然だし、力のある能力者の手を患わせることもないし……」
『そうは言うけど鈴音、あなた、今の時点で式見蛍をどう監視してどう成果を挙げているわけ? 監視とノゾキを混同しているんじゃないでしょうね?』
「ノ、ノゾキなんてしてないもん……最近は……」
 言ってから、最後に付け加えた一言は蛇足だったと気付いた。これじゃあまるで昔はノゾキをしていたみたいに勘違いされてしまうじゃないのよ。
『鈴音、あのね、神無家もバカじゃないのよ? あなたが現守高校をやめた後の式見蛍をそのまま野放しにするとでも思っていたの? ちゃんと対策を考えていたのよ?』
「え? どんな? 別の人員を派遣して様子を見張るの?」
 姉は電話の向こうで呆れたような溜息をついた。私に聞こえるようにしているのだ。
『あなたね。何をそんな非論理的なことを言っているのよ。人を派遣したらまた無駄に経費がかさむでしょう。監視対象である式見蛍を、こちらに来させるのよ。更に突っ込んで言えば、彼を神無家の中に取り込む』
 姉は日本語でしゃべっているはずなのに、ヘタな英語なんかよりも遥かに理解しがたい言葉だった。意味がわからないよぅ。
『つまり、式見蛍を神無本家へ連れて来て保護するのです。そして、婿養子として神無家の誰かと結婚させる。そうすれば、式見蛍も神無家の一員になるし、ずっと傍に置いておいて監視し続けることができるでしょう?』
「はぁ!?」
 もし姉が「世界征服をする」と言い出したとしても、私はさほど驚かなかっただろう。でも今の発言はぶっ飛びすぎていた。蛍を神無家の婿養子にする? ……それってつまり、私と蛍が、……け、……けっ、こ……結婚……す、る、って、……
 まるで御神酒を飲んだかのように、顔がぽっぽと火照った。
『まぁ、神無家の誰かとは言っても、実際には私ということになるでしょうが』
 熱かった顔が、北極海の氷山を浴びせられたかのように冷えた。今、デイジーカッターも目じゃないスゴイ爆弾発言がなされた。
「なんで蛍の結婚相手が姉さんなの? ま、まさか、姉さん、蛍のことが、す、好きだなんて……」
『好き嫌いの感情というよりは、式見蛍の物質化能力と、私の霊能力。この二人の間には、とんでもない素晴らしい能力を持った子供が生まれるのではないかと期待できませんか』
 この二人の間、って、まるで他人事のように言う姉。でも、特異な能力と強大な能力の父母を持つ子供が、スゴイことになりそうなのは私にも理解はできる。でも……式見蛍が婿養子になって神無蛍になって、姉との間に子供をもうけて……そんなのダメ! ダメ! 認められない。ダメに決まっているんだから!
「ちょっと待ってよ。そもそも、蛍の意思はどうするの? 神無家の婿養子に入りたいなんて思わないかもしれないじゃない。彼には結婚相手を選ぶ権利は無いの?」
『ありません』
 間髪を入れずにたった一言あっさりだった。哀れ式見蛍。いや神無蛍。日本国憲法で保障されているはずの基本的人権が蹂躙された瞬間だった。
『先程も言ったけど、式見蛍は野放しにはできません。彼が十八歳になって法律的に結婚できる年齢になった時点で、正式に神無家に婿入りしてもらいます。彼の自由意思などというものは一切認めません。彼を婿入りさせるためには、神無家はあらゆる障害と隘路を全力で排除します。神無家の持てる財力、政治力、人脈、賄賂、暴力、場合によっては式見蛍の家族を人質に取るとか、最終的には式見蛍自身を精神操作するなどの方法も含めて、目的のためには手段を選ばずに、必ず実現します』
 ……なんていうか、神無家って、今の姉の台詞だけを聞いていると、歴史の闇に巣くったものすごい極悪非道な一家という感じがしないだろうか? 姉が今言ったことに比べたら、ノゾキなんてとてもカワイイお茶目なイタズラでしかないと思えるのだけど。
『……それとも鈴音、あなた、今、式見蛍と恋人として付き合っているのですか?』
 単刀直入質問だった。あまりに咄嗟のことに、私はどう反応して良いか判断できなかった。我ながら臨機応変というのが苦手だ。
「えっ、……いや、あの……その……ああうう。……そ、そんな、……恋人、だなんて……そんな……」
『もしあなたが式見蛍と恋人として付き合っているのなら、現守高校をやめないで、そのまま残ってもいいですよ』
「え?」
 ホタルの光ならぬ式見蛍の光が、希望の光が見えた、ような気がした。
『式見蛍が十八歳を迎えるまで、まだ時間があります。その間、何らかの形で式見蛍を見張らなければならないのは確かです。ただ単に彼の物質化能力を監視するのではなく、彼と神無家以外の女性がくっつくのを阻止しなければなりません。もちろん、いざという場合には相手の女性を亡き者にするなどの実力行使も躊躇いませんが、できれば穏便に済ませたいですからね。そのためには、式見蛍と神無家の女が恋人として付き合っている状態が、彼の十八歳の誕生日まで続けば良いのです。式見蛍が十八歳になったら、神無家に婿入りし、神無家の誰かと結婚する。まぁ、神無家内の誰を選ぶかについてくらいならば、彼に選択権を与えても問題無いでしょう』
「……ちょっと、姉さん。いくらなんでも言っていることが無茶苦茶すぎない。本当に姉さんなの? まさか誰かに精神操作とかされていないわよね?」
『私は誰にも操られてなんぞいないし、さほど無理難題をふっかけているとも思えませんけどね。……でもあなたの今の口ぶりからすると、式見蛍と恋人として付き合っているわけではなさそうですね。単なるお友達でしかないのですね。ならば決まりです。鈴音は今の高校をやめてこっちに戻って来る。式見蛍は神無本家に連れてきて保護し、十八歳になったら然るべき相手と結婚してもらう。正式に結婚するまでの間は……そうですね、私の許嫁ということにでもしておきましょう』
 話しを聞いていると、いずれにしても蛍と離ればなれになることはないようだ。でも、現守高校をやめて実家に戻ることになるのはやはり最悪だ。蛍も連れてこられるようだけど、姉の許嫁にされてしまう。
「ま、待って、待って! 今まで、黙っていたけど、……じ、実は、私と、し、式見蛍とは、恋人として付き合っているのよ。もう、バリバリ相思相愛なのよ。しょ、将来を誓い合ったりなんかしちゃったりして……えへへ……だ、だから、私も蛍もこれからも現守高校に残ってもいいでしょ?」
『……』
 姉にしては珍しく、沈黙の時間が長かった。
『鈴音、それは本当のことなの? その場しのぎのために口からの出任せを言っているんじゃないでしょうね?』
「ま、まさかそんなわけないでしょう? ……いやねぇ、姉さんったら……おほほほ……」
 さ、最後の笑いがわざとらしかったかも……痛くて後悔した。
『……分かったわ。可愛い妹の言うことですもの、信じましょう。でも、来週、私がそちらへ行きますから、その時にこの目で二人が本当に付き合っているのかどうか確かめさせてもらいます』
「えっ? マジで?」
 額から変な脂汗が流れ始めた。今の私と蛍の関係を見られたら、付き合ってなどいないことは一目瞭然でバレてしまう。
『もしあなたたちが本当に付き合っているのならば、私も女ですから、ジャマするような無粋な真似はしません。二人とも現守高校に残ることを認めましょう。ただし、どう拡大解釈しても付き合ってはいないと判断される場合は、もはや言い訳は聞きませんよ。底引き網で引きずってでも、あなたと式見蛍を連れて神無本家へ戻りますからね。いいわね、鈴音。じゃあ、来週、そちらに行くから』
 かかってきた時同様に、あまりにも唐突に電話は切れた。
 私の頭の中は真っ白になった。

 かくて私は、一週間以内に蛍を振り向かせなければならなくなった。
 出会って一年と少々。その間、蛍は私の気持ちに全く気付いてくれなかったというのに、たった一週間でそんな劇的な進展が可能かどうか、自分でも無理っぽく思う。
 こうなったら精神操作でもして……なんて不埒なことも考えたけど、私の力では精神操作なんて難しいことはできません。
 とにかく考えた。策を練った。生まれてから今日まで、これほど脳細胞を酷使したことなんて無いんじゃないかというくらい、頭が焦げて茶色い煙が出てきそうなほどに熟慮した。必要な物資を買いに走った。明日から戦争だ。相手は下手をしたらいかなる悪霊よりも強敵かもしれない。
 ユウさんや真儀瑠先輩も、黙ってはいないだろうな……でも、他人の動向を気にしている場合ではない。一週間で結果を出さなければ、私はこの学校を中退させられ、蛍は姉と許嫁になってしまう。
 断固阻止、である。

「おはよう、鈴音」
「おはよう、鈴音さん」
「おっ、おはよう……」
 無理に笑顔を浮かべようとしたが、ぎこちなくて十中八九失敗していたはずだ。緊張のあまり赤面しているのが自分でも分かる。
「どうした鈴音。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
「だ、大丈夫だから、なんでもないから……そ、それより蛍、……な、なんか、今日の私、いつもとちょっと違うと思わない?」
「いや、だから顔が妙に赤いよ。風邪でもひいたか?」
「もっと違うところに注目してほしいんだけど……」
 うう、自分の赤面症がなんとも憎らしい。それに、蛍も蛍よ。女の子のちょっとした変化を鋭く察知するくらいの甲斐性が無いとモテないわよ。……いや、蛍が今以上にモテるようになってもらっても困るんだけどね。
「あっ、確かになんか、鈴音さんいつもとちょっと違うよねー。うーん、なんというか……そう、いつもより色っぽいというか、女らしいというか……」
 ユウさんが先に勘づいたようだ。こういうのって、女同士の方が早く気付くものなのだろうか?女の人に気付いてもらうために無理しているのではなく、男の人、もっと限定して言えば蛍に気付いてもらうために高いお金も出したというのに……
「そうか?顔が赤くなっているから、ユウには色っぽく見えるのか。僕には、単に色が違うだけにしか見えないけどなぁ。別に色っぽいとも女らしいとも……鈴音が赤面するのはしょっちゅうだから、今更ねぇ」
 蛍、赤面から離れた部分で思考して欲しいよ。……それになんか今、さりげなく失礼なこと言っていなかった?
「あっ、私分かったよ! なんで今日の鈴音さんがいつもと違って女らしく見えるのか。……私も形状変化でやってみようかな?」
「え? ユウ、分かったの? 教えてよ」
「ダメだよ。教えられないよ。自分で気付くならいいけど。教えちゃったりしたら鈴音さんに失礼だもん」
 女の子同士だけあって、ユウさんは私の変化にも気付いてくれたし、私の気持ちを尊重してくれたようだ。
「いや、自力で気付けって言われても……鈴音が赤面している理由なんて分からないよ。……もしかして朝っぱらから焼酎一気飲みしてきた、とかか? 違うんだろ? ユウ、教えてくれよ」
「ダメ! ……私、校内回って噂話集めてくるねー」
「あっ……逃げられた……鈴音、なにユウと二人で分かり合っちゃって僕を仲間外れにしているんだよ。いい加減何がどうなっているのか教えてくれよ」
「自分で気付いてよね」
 言って私は不機嫌そうに唇をとがらせた。唇をとがらせた。
「なにを拗ねているんだよ。いつものことだけど、相変わらずわけの分からない部分で不機嫌になる奴だなぁ」
 段々、本当に不機嫌になってきた。どうして蛍って、ここまで朴念仁なのだろう。
「まあいいや。こいつが朝に不機嫌なのはいつものことだし」
 いや。今日は朝だけでは済まないよ。気付いてくれない限り、一日中ずっと不機嫌な気分で過ごさなければならないだろうなぁ。

「後輩! 帰宅するぞ……って、うわ! なんだ巫女娘! ルージュなんか塗ったくって急に色気付きやがって、気持ち悪いぞ」
 結局、蛍は気付いてくれないまま放課後となり、教室に押しかけて来た真儀瑠先輩が一瞬にして私の変化に気付き、開口一番に答えをバラしてくれやがりました。……っていうか、なにげに失礼なことを言っていなかっただろうか?
「ルージュ? 鈴音、学校に化粧して来たの?」
「そ、そうよ……」
 答えが判明してしまうと、なんか恥ずかしくて顔から火が出そうだ。蛍がマジマジと私の口許を見ている。これも恥ずかしい。
「いつもと大した違わないじゃん。全然気付かなかったよ。気付かなくて当然って感じだな。……さっ、先輩、帰りましょうか」
 蛍はさっさと立ち上がり、カバンを持って、真儀瑠先輩と並んで教室を出て行った。
「えっ? それだけ?」
 せめて「きれいだよ」とか、お世辞でもそれくらい言ってくれてもいいじゃない! このルージュ、高かったのをちょっと無理して買ったんだから。
「でも鈴音さん、全く気付かなかったのって、このクラスで蛍だけだったね」
 無邪気な笑顔を浮かべたユウさんが穏やかな口調で語りかけてくる。蛍がもう行ってしまったから、今はユウさんは物質化しておらず、ふわふわと宙を漂っている。
「女子はもちろんみんな気付いていたし。男子も蛍以外は勘づいていたよね。みんなチラチラ鈴音さんの方を見ていたもん」
「えっ? 私、クラスの男子に注目されていたの?」
「なに? 鈴音さん、自分が男子に注目されていたのを、気付いていなかったの?」
 気付いていなかった。全く盲点だった。蛍が気付いてくれるかどうか、そればかり心配していて、周りが見えなくなっていたようだ。
 ふと周囲に注意を払うと、まだ教室に残っている生徒の全てが、私の方を注目していた。も、もしかして今日一日、私ってこんな感じでみんなに見つめられていたんだろうか……そう思うと今更ながらだけど、すごい恥ずかしい。
 で、でも、みんなの視線は、なんか変だ。躊躇いがち、というか、まるでイタイものを見ているかのような生温かさだ。見てはいけないようなものを見ているような……「ママー、あのお姉ちゃん、唇が変で気持ち悪いよー」「見てはいけませんっ!」みたいな感じかも……せっかく高いルージュだったのに、そんなに似合っていなかっただろうか……
「鈴音さん、みんなには私の姿は見えていないはずだから、鈴音さんは虚空に向かって一人で叫んでいるように見えているんだよ」
 そうだった。恥ずかしい。穴があったら私を埋めてほしいです。
 ……
 って、タイムリミットはたったの一週間でしかないのに、口紅に頼って本日一日を無駄にしてしまったようだ。蛍の心は一ミリたりとも私には傾かなかったに違いない。……それどころか、蛍は現在、真儀瑠先輩と二人っきりで帰宅している。……まあ蛍と先輩は長い付き合いのようだから、今更劇的な進展なんてことは考えにくいだろうけど、でももし何か間違いが起こって、二人の仲が親密になっちゃったりしたらどうしよう。あの先輩、性格はアレだけど、顔も綺麗だしスタイルも抜群だからな……文字通りホタルが甘い水に誘われるように、色香に迷って蛍がクラクラと先輩に流れちゃわないという保証はどこにも無いし……

「おはよう、鈴音」
「おはよう、鈴音さん」
「おっ、おはよう……」
 無理に笑顔を浮かべようとしたが、ぎこちなくて十中八九失敗していたはずだ。緊張のあまり赤面しているのが自分でも分かる。
「どうした鈴音。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
「だ、大丈夫だから、なんでもないから……そ、それより蛍、……な、なんか、今日の私、いつもとちょっと違うと思わない?」
「いや、だから顔が妙に赤いよ。風邪でもひいたか?」
「もっと違うところに注目してほしいんだけど……」
 うう、自分の赤面症がなんとも憎らしい。それに、蛍も蛍よ。女の子のちょっとした変化を鋭く察知するくらいの甲斐性が無いとモテないわよ。……いや、蛍が今以上にモテるようになってもらっても困るんだけどね。
 ……って、ここまで、なにげに昨日と全く同じ展開だったりするし。昨日のルージュは、相手が超弩級に男女関係の機微に鈍い蛍だということからすると明らかに作戦ミスだった。でも今日は違うもんね。お金をかけず、しかも誰が見ても一目瞭然で違いが分かる。……分かるはず。……分かってくれるといいなぁ。……いやでももしかしたら、あの蛍のことだから、まさかなんてことが……
「確かに今日の鈴音さんはいつもと明らかに違うよねー。これで分からなかったら蛍って男の子失格だよねー」
「分かるよ。口紅塗ってきたんだろ?」
「一日遅いわよ!それに間違っているし」
 ちなみに今日は塗っていない。素の唇である。化粧なんかせずに素のままでも、ルージュをひいたのと同じくらい、私の唇は艶やかで瑞々しいから、蛍はそう言ってくれたのかな……え、それって……
「どうした鈴音。また顔が赤くなったぞ。そうかやっぱり口紅だったか」
「違うわよ! もうルージュはこりごりよ。せっかく高いお金出して買ったのがもったいないから、真儀瑠先輩にでも高く売りつけようかな……」
「先輩相手にそういう商売気を出すと、必ず後で手痛いしっぺ返しくらうからやめておいた方がいいぞ」
「……そ、それもそうよね」
「そもそも先輩、化粧なんかしないし。素で美人だからそういうことには結構無頓着なんだ」
「へ、……へえ。蛍、真儀瑠先輩のこと、よく知っているんだね?」
 なんか、悔しかった。じゃあ、蛍は私のことはどれくらい知ってくれているんだろう? そもそも、今日の変化にはまだ気付いていないんじゃないの?
「分かったそ。三日ぶりに便秘が治ってすっきりしたんだろう?」
「……」
 私は躊躇わずに蛍の首を絞めにかかった。丁度いいんじゃないのかな。蛍ってほら、死にたがりだし。苦しいのや痛いのは嫌だと常々言っていたけど、そういう飽食時代的な贅沢は控えて、日本人ならばすべからく清貧であるべきなのよ。それなのに蛍は激しく抵抗したので、私もポニーテールを激しく振り乱しながら応戦した。ユウさんは無責任にも「やれ! やれ! もっとやれー!」と煽り立てていたが、その声は他のクラスメイトには聞こえない。クラスメイト達はというと、私と蛍の喧嘩がいつもよりも尋常じゃないと察知したのだろう、私と蛍を数人がかりで羽交い締めにして、力ずくで引き離した。うん、私と蛍の関係も、まるで外部から何かの力が加わっているかのようで、なかなかくっつかないよね。
 ……はあ、朝っぱらから、なんかもう激しく疲れたよぅ。肉体的にも精神的にも。
で、結局。この日一日、私はまた、クラスメイトたちからちらちらと見られるという恥ずかしさを味わうことになった。今日の場合、私の見た目の変化どうこうというよりも、朝に大暴れした関係上、また暴れ出さないかどうか、監視されていたという要素の方が強いようだった。
 私って、猛獣扱い?
 で、更に結局。放課後になって、真儀瑠先輩が堂々と他学年の教室であるにもかかわらず踏み込んで来て……
「後輩! 帰宅するぞ……巫女娘、お前、項見せる髪型をしたって、巫女服を着なかったら所詮は萌えないぞ?」
「余計なお世話です」
 髪型を変えてポニーテールにするという作戦も無惨に失敗した。やはりお金をかけずにお手軽に済まそうとしたのが間違っていたのかな?

「おはよう、鈴音」
「おはよう、鈴音さん」
「おっ、おはよう……」
 無理に笑顔を浮かべようとしたが、ぎこちなくて十中八九失敗していたはずだ。緊張のあまり赤面しているのが自分でも分かる。
「どうした鈴音。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
「だ、大丈夫だから、なんでもないから……そ、それより蛍、……な、なんか、今日の私、いつもとちょっと違うと思わない?」
「いや、だから顔が妙に赤いよ。風邪でもひいたか?」
「もっと違うところに注目してほしいんだけど……」
 うう、自分の赤面症がなんとも憎らしい。それに、蛍も蛍よ。女の子のちょっとした変化を鋭く察知するくらいの甲斐性が無いとモテないわよ。……いや、蛍が今以上にモテるようになってもらっても困るんだけどね。
 ……って、ここまで、なにげにここ数日と全く同じ展開だったりするし。私や蛍の日常って、ほとんど同じことの繰り返しなのだろうか。でも、その単調でありながら、かけがえのない楽しい日常が奪われようとしているのだ。現守高校に残れるかどうか。蛍と付き合うことになるのはとても恥ずかしいが、なりふりを構っている場合ではないのだ。なにせ、あの姉が相手なのだから。
「うーん。ちょっと私にはいつもの鈴音さんとの違いは分からないなぁ」
「ユウでも分からないんじゃ、僕に分かるはずないよ。先輩を呼んで来ようか? 先輩ならきっと一瞬で見抜い……」
「ダメ! 絶対ダメ! それだけはダメ! 真儀瑠先輩じゃなくて蛍に気付いてほしいのよ」
 ……あ、今、私、なにげに大胆なことを言ってしまった。これって準告白みたいなものじゃないのよ。ユウさんに口を挟まれるかと思ったが、本日は早々に校内へ繰り出していた。毎日毎日噂話の収拾に熱心なことだ。鉄板の上で焼かれる鯛焼きのように、いい加減イヤになっちゃったりしないのだろうか。
「ちぇっ、僕が鈍いと思って、口紅塗ったり髪型変えたりして毎日僕をからかって遊ぶつもりなんだな。鈴音お前いつからそんなイヤナヤツになったんだよ」
 ……なにが準告白だったのだろう。蛍の鈍さでは、バリバリ直球勝負の告白でも気付かない、なんてことが有り得るかもしれないよ。
 私は肩にかかるくらいの後ろ髪を軽く梳きながら、それでも笑顔を作る。今日の変化はポニーテールと違って、お金がかかっている。ポニーテールの時は安いゴムを買っただけだからなぁ。
「ほら。いつもと全然違うじゃない。いつもより当社比で三割増しで美人度がアップしていると思わない?」
「鈴音が美人になっているとは思わないなぁ」
 ……式見君、今、何と言いました?
「も、もう、蛍ったら、冗談きついんだから……」
 私は眉毛にかかるくらいの黒髪を軽く指でほぐしながら言う。実のところ、私の姉は日本人ではあるけど髪の毛の色が黒ではない。そこへくると妹の私は平凡な日本人的黒髪である。平凡とは言ったけど、悪い意味ばかりではない。私の場合、肌がかなり白いので、対比として髪の黒が映えるという面がある。はぁ、ホントこれでもうちょっと顔の造型が美人で背が高くて胸が大きくてスタイルが良くて頭が良くて霊能力があれば良かったのに。って私、多くを望みすぎなのかしら。
「やっぱり分からないよ」
「ちゃんと私を見てよ」
 蛍には最初から、答えを出そうという気力が薄い気がする。死にたがりにとっては、別に恋人でも何でもない単なるクラスメイトの些細な変化などどうでもよいことなのだろう。……って、今の台詞も、なにげに準告白っぽい、ドラマとかで出てきそうな台詞だった。恥ずかしいけど、まあどうせ蛍は気付くまい。もうそこに関しては諦めの境地だよ。
「鈴音、今の台詞、ドラマとかで出てくる告白シーンみたいだったな」
 ドキッ! まさか勘づくとは思わなかったよぅ。サプライズ攻撃だ。ああ、赤面するな、私。でも耳が熱い。
「鈴音、お前、巫女より女優の方が向いているんじゃないのか。もうちょっと顔の造型が美人で背が高くて胸が大きくてスタイルが良くて台詞を完全に覚えられるくらい頭が良ければ」
「それだけハードル高かったらその時点で無理でしょ。それより、ユウさんが帰ってくる前に答えてよ。私がいつもと違うの、分かる?」
 もう完全にいつも以上に不機嫌になってしまった私である。あ、いつもいつも不機嫌でいる、っていう意味じゃないからね。
「降参。分かりません。さ、将来に備えて勉強しなくちゃ。最初は英語だし」
「ちょ、蛍……」
 死にたがりが将来に備えて勉強してどうするのよ? いや、別に蛍の死にたがりを肯定しているのではないんだけど、勉強するより死にたがりを克服するのが順番として先なんじゃないの?
 かくて、今朝も収穫は無いままに授業が始まった。
 蛍やユウさんだけでなく、クラスメイトの誰もが私の変化に気付かぬまま、時間はサラッと流れて放課後となった。恐怖の大王は1999年に出現すると予言されていたようだけど、恐怖の女王は毎日放課後に出現する。
「後輩! 帰宅するぞ……巫女娘、お前、また色気付いているのか? お前は発情した猫か何かか?」
「っ、な、なにげに失礼なことを言われ続けているのはスルーしますけど、今日の私の変化が先輩に分かるんですか? 今日のは先輩でも難しいと思うんですけど」
「いや、お前を見て一瞬で分かったぞ。そんなもの連続殺人事件を解決するのに比べたらちょろいものだ」
 先輩はスタイルの良い胸を張った。ああ、この人ならば、女優になる条件を全て満たしているかもしれない。ミョーな推理力があるから頭も良さそうだし。こんな何でも持っている人が、蛍と中学時代からの知り合いで、私やユウさんでは入り込めないような絆でがっちり結ばれているなんて、世の中は不公平だ。
「よし。今から種明かしをしてやろう。おい、後輩」
「はい」
「『アレ』を出せ」
 言って真儀瑠先輩は蛍に向かって手を差し出した。私は、ちょっと呆れた。
「『アレ』って何ですか、『アレ』って? 事前に打ち合わせしてあったわけじゃあるまいし、『アレ』なんていう漠然とした指示で意思が通じるわけないじゃないですか。先輩は霊能力無いから、テレパシーとかもあり得ないし」
 私の冷静なツッコミを無視して、蛍は自分のカバンの中をガサゴソ探している。自分が何を探しているのか分かっているの? 探し物は何ですか? カバンの中も机の中も探したって、真儀瑠先輩の言う『アレ』が分からなければ永遠に見つかりっこないと思うのだけど。
「ありました」
 蛍が取り出したのは油性の黒マジックペンだった。
「よし。ちょっと貸してもらうぞ」
 真儀瑠先輩は満足げに頷いて、蛍からマジックを受け取った。えっ! もしかして、それで正解だったの? 『アレ』って、マジックペンのことだったの? 『アレ』なんて漠然とした指示で通じてしまうなんて、蛍と先輩の関係って、強い絆どころではなく以心伝心の境地にまで至っちゃっているわよ! ユウさんすらも目を見開いて絶句している。
 先輩は驚いている私(とユウさん)には構わず、マジックペンのキャップを外した。そして……
 あろうことか、私の髪の毛を掴み、マジックペンで色を塗ろうとし始めた。
「や、やめてください。髪にマジックなんか塗られたら、洗ってもなかなか落ちなくなっちゃうじゃないですか!」
「心配無用だ、巫女娘。黒い髪に黒いマジックで色を塗ったって、どうせ黒なんだから誰も違いには気付かないぞ。それとも何か? 額に『肉』とでも書かれた方がいいか?」
「『肉』は勘弁です。てか、髪を汚されるのもイヤです。激しく拒否します! 蛍もユウさんも黙ってないで助けてよ!」
「巫女娘、そんなに嫌がることないだろう。今日のお前の髪、地毛の色ではないだろう?」
 あ、先輩にはバレていた。
 先輩はマジックを掲げたまま、ニヤリと笑った。そのマジック、早く片付けてほしいんですけど。
「そう。巫女娘は今日、髪を染めてきた。とはいえ、金髪にするのは大胆過ぎるし、校則のユルい現守高校といえどもさすがに先生に何か言われるかもしれない。そもそも金髪まですると自分にはイマイチ似合いそうにない。そう考えた巫女娘は、黒髪をわざわざ黒く染めたのだ」
 ああ、もう完全に先輩の推理は当たっている。これを推理と言っていいのかどうかは別として。
「そんなの分かりっこないよぅ」
 ユウさんが頬をふくらます。
「黒髪を黒く染めても意味ないじゃん。さ、先輩、帰りましょう」
 今日も惨敗だ。

「おはよう、鈴音」
「おはよう、鈴音さん」
「おっ、おはよう……」
 無理に笑顔を浮かべようとしたが、ぎこちなくて十中八九失敗していたはずだ。緊張のあまり赤面しているのが自分でも分かる。
「どうした鈴音。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
「だ、大丈夫だから、なんでもないから……そ、それより蛍、……な、なんか、今日の私、いつもとちょっと違うと思わない?」
「いや、だから顔が妙に赤いよ。風邪でもひいたか?」
「もっと違うところに注目してほしいんだけど……」
 うう、自分の赤面症がなんとも憎らしい。それに、蛍も蛍よ。女の子のちょっとした変化を鋭く察知するくらいの甲斐性が無いとモテないわよ。……いや、蛍が今以上にモテるようになってもらっても困るんだけどね。
 ……って、ここまで、なにげにここ数日と全く同じ展開だったりするし。でも、今日の私は昨日までの野暮な私とは違う。そう、なんというか、ア、アダルトな魅力に溢れたオトナの女の色香が漂っている、はず。
「ええー? 今日の鈴音さんは……いつもとの違いは分からないなぁ。ルージュでもないし、髪型でもないし……つけ爪もピアスもしていないよね?」
「僕は分かったぞ」
「え?」「え? ケイ、マジで?」
 ユウさんでさえ分からないというのに、蛍に何が起きたというのか。……でも正直言って、今日の変化はいざ分かられてしまうと、とてつもなく恥ずかしい。も、もしかして、はしたない女だと思われたりはしないだろうか?
「ネット通販で買ったコスプレ用巫女服が届いたんだろう。昨日の夜、散々それを着て、独りで悦に入っていたんだろう」
「……」
 私は肯定も否定もしなかった。もちろん、蛍の答えはハズレである。でも大ハズレというのでもなく、何故か変なところで鋭いところを突いてくる蛍だけあって、微妙に当たってはいるのだ。もちろん、私は巫女服なんか着ない。絶対に着ない。ネット通販で買うわけがない。しかもコスプレの巫女服なんて。
「ま、僕も一回くらいは鈴音の巫女服姿を見てみたいかな。今度、学校に着て来いよ。全校の注目の的になること間違いなしだぞ」
 恥さらし間違いなしだろう。もちろん、着て来ません。
 本日はさすがに恥ずかしさが昂じて、ほとんど喋ることすらできなかった。だから、クラスメイトから色々な意味で注目されることもなかった。今日の変化は、一見しただけでは分からないだろう。ユウさんでも分からなかった。クラスメイトは、男子も女子も全く気付かなかったようだ。それはそれでいい。私は、蛍のためだけに、こんな恥ずかしい思いをしているのだ。肝心の蛍は全然気付いてはくれないけれども。
でも、その時私はすっかり失念していた。妙に鋭い推理力を持つ、異常人物の存在を。
「後輩! 帰宅するぞ……って、うわ! なんだ巫女娘! また色気付きやがって、気持ち悪いぞ!」
 その、いちいち気持ち悪いとか言うのやめてほしいんですけど。私が色気づいたらダメなんですか? 恋する乙女に対して気持ち悪いなんて……でも、今日のはさすがに自分でも背伸びし過ぎて地に足が着かなくなっている気がする。気持ち悪いと言われてもある意味文句言えないかも……
「へ? 先輩、鈴音がまた色気付いたって、どこがいつもと違うんですか? 口紅じゃないですよね?」
 後輩蛍の質問に、真儀瑠先輩は笑った。いつものニヤリという笑みだ。マズイ!これが出た時には非常に危険だ。早々に退散するに限る。私はそぉぉっとその場を離れようとしたのだが……
「どこへ行くんだ巫女娘。せっかく寄せて上げるブラとヒップアップするパンツはいてきたのに、誰にも見せびらかさずに帰るのか?」
「別に見せびらかすために穿いてきたんじゃないですから!」
「ほう。穿いてきたのは認めたな?」
「うっ……」
 そうなのだ。ネット通販で買い物した、という部分は蛍の指摘は合っていたのだ。姉から電話があった後にすぐ、インターネットを覗いて注文して、それが昨夜届いたのだった。買ったのは巫女服ではなく、大胆でセクシーなブラとショーツだった。服の上から見えるものじゃないから、蛍も含めて誰も気付かないかも、とは思ってはいたが、真儀瑠先輩には見事に見抜かれてしまった。この先輩、何者?
「なに? 鈴音、今日はいつもと下着が違うっていうの? そんなの、外見だけで分かるわけないじゃないか」
 蛍が不機嫌そうに言う。本格推理小説のトリックが、実は未知の毒薬だった、というオチだったかのような「そんなの分かるわけねーだろ!」という感じの不満顔だ。ユウさんは「ああー、そういうことだったのね!」という感じの納得顔だった。
 先輩はというと、丁度良いオモチャを発見した悪ガキのような表情をしている。これはまずい。私は生贄の羊だ。早く逃げなければ……
「巫女娘、色はどんなのだ? アレか、巫女だから朱色か?」
「こ、こんな所で下着の色なんて言えるわけないでしょう! 蛍だって聞いているんだから! それともなんですか? 真儀瑠先輩は自分の下着の色を、今ここで言えるんですか?」
 起死回生の私の反撃の矢だったが、先輩には全く通用しなかった。そうだよ。こんなに美人でスタイルの良い先輩ならば、ネタが下着であっても恥ずかしがる必要すら無いのかもしれない。真儀瑠先輩は抜群のプロポーションの胸を張り、自信満々に言い放った。
「今日の私の下着の色か? 黒だぞ。このガーターベルトと同じ色に合わせた。ちなみに、ショーツはガーターベルトの上から穿いているぞ。それが正式な穿き方だからな」
 言いながら、太腿のガーターベルトを見せつける先輩。大胆過ぎる発言に、私たちは唖然としてしまった。
「なんだ、巫女娘。その目は疑っているな? なんなら証拠として見せてやろうか」
「わー! やめてください!」
 先輩が自分のスカートの裾を掴んで持ち上げようとしたので、私が咄嗟に先輩の腕を抑えて制止した。ユウさんだけはちょっと残念そうな表情をしていた。先輩の下着を見たかったのだろうか? ユウさんって、もしかして百合?
「巫女娘よ、私は自分の下着の色を正直に告白したぞ? 次はお前の番ではないか」
「えっ……」
「巫女娘が言った後は、浮遊霊ユウの番だな。幽霊ってどんな下着を穿くのか、とっても興味深いぞ」
 言って先輩はニヤリと笑った。でも残念。先輩は幽霊が見えないし、だから幽霊に関する知識も少ないし、私から受けた説明も実感として身についていないのだろう。幽霊は形態変化で、自由に服装を変えることができる。例えば、今仮にウエディングドレスを着ていたとしても、その気になれば次の一瞬には喪服にチェンジすることだってできてしまうのだ。だから、今穿いている下着の色なんて聞いたって、いくらでも変えることができるんだから、無意味だろう。
 ん? でも逆に言えば、ユウさんさえその気になれば、どんな下着でも穿くことができるのか……とてつもない大胆な下着だって可能なはずだ。
「私は、参考のために他の女の人がどんな下着を穿いているかは知りたいけど、自分がどんな下着かは他人には見せないよぅ。私が下着を見せる相手はケイだけだもんね~」
 その言葉に、私は思わずムッとした。まさかユウさん、お風呂上がりに下着姿でケイの前をウロチョロしてたりしないでしょうね……って、ユウさんは幽霊だからお風呂入る必要すらも無いんだった……冷静さを失っているなぁ、私……
 私はユウさんの台詞をそのまま先輩に伝えた。ユウさんの発言は、翻訳しなければ先輩には伝わらないから面倒ではあるわよね。で、ユウさんの発言を聞いた先輩は意固地になったらしい。「なんとしてでも浮遊霊ユウの下着の色を聞き出せ、巫女娘!」と、あろうことか私にプレッシャーをかけてきた。そりゃまー、先輩はユウさんの声を聞くことはできないのだから、私が聞き出すしかないんだけどね。
「というわけでユウさん、下着の色は?」
「鈴音さんが言うのが先だよぅ」
 私が一歩ずいっと踏み込んで迫ると、気迫に押されたか思わずユウさんはふわりと浮遊して後方に身を引いた。幽霊って、こういう時は身軽で便利よね。
「ユウさん、先輩に逆らうとロクなことにならないから、正直に言った方がいいよ」
「だから鈴音さんが言うのが先だってぇ。……あ、鈴音さんは巫女さんだから、もしかして下着穿いていないとか?」
「んなわけないわよっ!私は巫女服なんか着ないし、下着だってちゃんと穿くもん!」
 ……って、あれ?
 ユウさんがフワフワと浮いている。物質化していない?
「あれ?蛍は?」
 私が疑問を投げかけて初めて、先輩もユウさんも辺りを見渡した。蛍の姿は無い。
「後輩……あいつ、女同士の下着の話題が恥ずかしくて、秘かに一人で逃げたな」
「うわー、ケイ、男の根性ないねー」
 ユウさんの発言は逆セクハラだと思う。でもちょっと同感な私もいる。
 だけど、肝心の蛍が先に逃げ帰っちゃったってことは……せっかく恥ずかしい下着を穿いてきた私の苦労の意味が無くなったんじゃ……
 今日もまた一日無駄に浪費してしまった。こんなんで大丈夫のだろうか、自分。悪夢の転校が現実味を帯びてきたかも。
「百聞は一見に如かずだ。後輩はいなくなってしまったことだし、巫女娘、下着の色を言う必要は無いぞ。スカートをめくって、直接私に見せてみろ」
「い、いやー! 百合、百合!」
 私は自分のスカートの裾を必死で抑えながら喚いた。真儀瑠先輩はみょーな腕力で、私のスカートをめくりあげようとする。蛍はもう逃げたからいないけど、教室にはまだ他の男子生徒も残っているのに! 少しずつ、まるで水平線の彼方に現れた初日の出のようにスカートの裾はせり上がっていった。太腿が段々あらわになってきた。恥ずかしい。私も必死に力をこめてスカートを守ろうとしているんだけど、先輩の力は異常だ。ま、まずい。このままではパンツが見えてしまうのも時間の問題だ。
 窮鼠猫を噛む、という。追いつめられてやぶれかぶれとなった私は、攻撃は最大の防御へと転じることにした。片手は自分のスカートの防衛に残し、もう片方を先輩のスカートへと伸ばした。
「む、巫女娘。私のスカートをめくろうとするとは。百合か。百合なんだな」
 先輩もまた、片手で自分のスカートを守り、もう片方で私のスカートを攻める。もうこの時点でお互いムキになっていた。さすがにユウさんが私と先輩の間に割って入って制止しようとしたが、幽霊だから透けてしまってできないことに気づき諦めた。半ばあきれ顔で「もうやめなよぅ」と言っているが、そもそもユウさんの声は先輩には聞こえない。クラスメイトたちは遠巻きにしながらも、この仁義なき戦いの模様の推移を見守っている。いや、できれば止めに入って欲しいんですけど。それが無理なら、せめて見守るのではなく、無視してくれた方がありがたいんだけどなぁ。このままじゃパンツが、それも超恥ずかしいパンツがみんなに晒されてしまいそうだ。
「何やってるの二人とも?」
 すぐ近くで声が聞こえた。慌ててそちらを向くと、疲れたような表情をして蛍が立っていた。
「あ、蛍」
「後輩……」
 私も先輩も、ここにきてようやく我に返った。自分たちがやっていることが、あまりにもバカらしく恥ずかしいことに改めて気付き、二人共に赤面しながら相手のスカートを離した。んで、取り繕うように自分のスカートの裾を直し、皺を伸ばす。
「後輩。帰ったのではなかったのか?」
「トイレ行っていただけです」
「け、蛍。今、わ、私のぱ……ぱんつ……見えた?」
 確認だ。念のため確認だ。見えてはいなかったという確信はあった。だって、もし見えていたならば、蛍がこんないつも通りのクールを装った冷静な反応をしているはずが無いじゃない。特に今日は超恥ずかしいくらいの大胆な下着なんだし。蛍だって男の子であるからには、こんな大胆な下着を見ちゃったら興奮してしまうのは仕方ないだろう。……ってゆーか、この悶絶下着を穿いているのを見ても蛍になんとも思われないのだとしたら、私って女として終わっている。
「……」
 蛍は無言。あれ?
「ねぇ。蛍。どっちなの? 見えた? 見えなかった?」
「……ノーコメント。さ、先輩。帰宅しましょう」
「うむ」
 うわぁ。気になる。気になるよぅ。見えた、見えなかった、どちらよりも遥かに後を引いて気になる答えだよ。隠す必要無いじゃない。正直に言えばいいのに。なんか、蛍の網膜を引っぱがして、まっさらな物と取り替えたい。
「鈴音さん、帰らないの?先に行ってるよ」
 ああ、結局下着作戦も失敗だった。蛍に気付いてもらえずに、先輩に察知された時点で私の負けは確定だったょ。もう最悪。死にたい。

「おはよう、鈴音」
「おはよう、鈴音さん」
「おっ、おはよう……」
 無理に笑顔を浮かべようとしたが、ぎこちなくて十中八九失敗していたはずだ。緊張のあまり赤面しているのが自分でも分かる。
「どうした鈴音。顔が赤いぞ。熱でもあるんじゃないのか?」
「だ、大丈夫だから、なんでもないから……」
「鈴音さん、ホントに今日は顔がすごい赤いよ? 病気なんじゃないの? 保健室に連れてってあげようか?」
「病気じゃないから。大丈夫だから」
 そもそもユウさんに保健室へ連れてってもらうって、全然意味が無い。蛍が二メートル以内に居ないユウさんは透けてしまうのだ。それだったら、私一人で保健室へ行くのと何も変わらない。
「そ、それよりユウさん。なんか最近学校で、新しい占いの噂が流れているの聞いたことない?」
「え、それは聞いたことないなぁ。ちょっと情報集めてくるね」
ユウさんは浮遊しながら教室を出て行った。扉は閉まっていたけど、透けて通り抜けて行った。
 ──ごめんね、ユウさん。
 嘘をついた罪悪感はあったが、大事の前の小事だった。これから私は、一緒にもっと大きな嘘をつくことを、蛍に謀らなければならないのだ。その場にユウさんがいると話が進まないような気がしたので、新しい占いなんて嘘を言って追い払ったのだ。
「じ、実は蛍に、折り入って頼みがあるんだけど」
「うん、いいよ」
「……ってまだ内容言っていないでしょ」
「僕が、大事な友達の頼み事を、そんな薄情に断るわけがないじゃないか」
「蛍……」
 今の発言、ちょっとジーンときちゃった。蛍は私のことを、友達としてとても大事にしてくれているんだ……あくまでも「友達」というのが引っかかる部分ではあるけど。
「僕は横暴な先輩みたいにフランス料理のフルコースおごれなんて無茶なことは言わないから。豚丼一杯くらいで手を打ってあげるよ」
 ……蛍の「友情観」というものが初めて見えた気がしたよぅ。
「なっ、何それ! 友達とか言っておいて、食べ物の方が重要なわけ?」
「うん。友達はいなくても生きて行けるけど、食べ物が無いと生きて行けないからねぇ 」
「死にたがりの人がそんなこと言っても説得力皆無だよ!」
「どうせ生まれてきてしまったんだから、死ぬ前に豪勢な物食べておきたいじゃん。最後の晩餐だよ」
「豪勢なものなんか食べなくてもいいから、わざわざ死ななきゃいいでしょうが……って、こんなこと言っている場合じゃなかった……」
 早く用件を切り出さなければ、ユウさんが戻って来てしまう。私は深呼吸で気持ちを落ち着けた。心の波はおさまったが、顔だけはいまだ火照ったままだ。
「実は、その……姉に無理難題を言われてね、話が長くなるから詳細は省くけど、……今度の日曜日に姉がこっちに来るのよ」
「ほう。それで僕にどうしろと?」
「そ、それで……」
 ああ、顔が、顔が赤面している。自分でも分かるくらいだから、他者からみたらまるで病気じゃないかってくらいに真っ赤なのだろう。
「それで、……蛍にはね、……演技をしてほしいのよ。そう。演技、演技。あくまでも演技ね?」
「何の演技をするのさ? 『ハムレット』でもやるのかい? 『生きるべきか、死ぬべきか。それが問題だ』とか。全然問題じゃないよな。僕だったら即座に死ぬ方を選ぶよ」
「そうじゃなくて! その……」
 両手の人差し指を胸の前でつつき合わせながら言いよどむ私。相手の様子を窺う上目遣い。
「なんだよ、はっきり言えよ。『ハムレット』でなければ『ロミオとジュリエット』でもやるのか?」
「だから演劇から離れてよ。私が言う演技は……演技ね、演技なんだけど、その……私と蛍が……つ、つ、付き合っている……という演技をしてほしいのよ」
「はぁ?」
 蛍は表情で「わけわかんねぇよ」と主張していた。
「いやその……あのね、姉が無理難題を言ってきて、『鈴音と式見蛍が付き合っていない限り、鈴音には現守高校をやめてもらう』とか言っているのよね。ほら、私、この学校好きだし、やめたくないから、なんとかしたいわけよ。別に、蛍と付き合っている演技をすきこのんでやるわけじゃないのよ」
「なんで僕と鈴音が付き合っていなかったら、鈴音が学校やめなきゃなんないんだよ? どういう理屈さ?」
「そんなの私に分かるわけないじゃない。言っているのは姉なんだから。とにかくお願い。協力して。別に本当に恋人として付き合うわけじゃないんだから。あくまでも演技なんだからね? 勘違いしないでいいからね? 姉に対して、『神無鈴音と式見蛍は恋人として付き合っている』というのを見せつける演技をすればいいのよ」
「……」
 蛍の無言が怖かった。
「ど、どうなのよ、蛍。私のお願い、聞いてくれるの?」
「ダメだね。できないよ」
 ガーン!!! という擬音語をそのまま表情に変換したかのような顔をしてしまったらしい。この時点で私は負けていた。
「ど、どうしてダメなの? 私、学校やめなくちゃなんなくなるよぅ」
「だって面倒くさいもん」
「私が学校やめてもどうでもいいってわけ?」
「鈴音は学歴なんて必要ないだろ? どうせ巫女になるんだし。ああ、学校やめるんだったら、餞別として、巫女服でもプレゼントしてあげるよ。インターネットのコスプレコスチュームの通販で買ってあげるよ」
「巫女服いりませんから」
 条件反射的に言い返してしまった私だが、そんな問題ではないのだ。眉をひそめて困った表情をしてしまっていたのだろう。蛍に弱みを見せてしまったのが後から思えば失敗だった。
「豚丼一杯じゃ割に合わないよ。面倒くさいから」
「……」
 ここにきてようやく分かった。駆け引きだった。報酬をつり上げるために蛍はわざと渋っているのだ。人の弱みにつけこんでそういうことをやってはいけないと、小一時間くらい正座させて説教をしたいところだが、今はそんな余裕が無い。ユウさんが戻ってくる前に話をつけなければならない。ここは私が全面的に譲歩することにした。
「分かったわよ。豚丼二杯にする」
「二杯もいっぺんに食べられないよ」
「一杯目とは別の日におごるから」
「分かった。取引成立だな」
 ……蛍、覚えていなさいよ。後で二時間くらい説教してやるんだから。いや、もうこの際だから、死にたがりなんていう態度に対しても一晩くらいかけて徹底的に諫めてやるんだから。
 ん? それって、私と、蛍とが、一晩共に過ごす、っていうこと?
「どうした鈴音? 顔が赤いぞ? やっぱり病気か? 僕に移さないでくれよ?」
 病気じゃないから移りません。死にたがりの蛍でも、病気にはなりたくないのだろうか。
「蛍、じゃそういう演技をするということで、慣れるために今から始めてくれる?」
「ん、まあ、いいよ。豚丼二杯のためだから」
「ねーねー、鈴音さーん! 今ねー、面白い噂話聞いてきたよー。好きな人に想いが伝わる占いなんだってー!」
 ユウさんが元気に教室に駆け込んできた。といってもまだ物質化していないから、扉をすり抜けて空中を浮遊しながら、だけど。
 ユウさんが喜々として占いの詳細を語るが、私は聞き流していた。私は巫女だ。素人の根拠の無い占いになんて興味は無い。
「……鈴音さん、聞いているの?」
「ああ、ごめんね。でも私には占いは必要無いのよ。だって私、け、……蛍と、つ、つ、付き合うことになったから」
「え?」
 ユウさんの顔色が、まるで幽霊のように真っ白になった。いや、幽霊だけど。
「ケイ! それ本当なの! どういうことなの!」
 蛍がユウさんに詰め寄られて、修羅場になっている。私は助けに入らない。豚丼二杯だから、自力で乗り切ってほしい。
 私は、放課後に待ち受ける恐怖の大魔王との戦いを乗り切らなければならないのだ。
 そして。
「後輩! 帰宅するぞ……なんだ巫女娘。いつも以上に敵意に満ちた目で睨んできて」
「真儀瑠先輩、悪いけど、蛍と一緒に帰宅するのはご遠慮いただけますでしょうか? 蛍は……わ、私と、付き合うことになりましたから」
 先輩は、関節が油切れしたロボットのように、ぎくしゃくと動きを止めた。ぎしぎしと耳障りな音を立てながら首を蛍の方に向ける。
「後輩。それ、本当か?」
「ほ、本当です」
 返答に躊躇いがあったのはやむをえないだろう。でも、蛍ははっきりと肯定した。それを聞いて先輩の動きが完全に止まった。
「……」
 あれ? もしかしてこの先輩にとっても、蛍が付き合っているというのは衝撃の事実だったりするのだろうか。
「……そうか。良かったな後輩。彼女いない歴ともこれでおさらばだな。私は一人で帰宅するから。それじゃ」
 先輩は軽く手を挙げ、大きな歩幅で教室を出て行った。ユウさんはというと、教室の隅でふわふわ浮遊しながら体育座りしていじけている。
 な、な、なんか、これって、すごい優越感だよ! 今までは蛍の近くにいるユウさんと真儀瑠先輩に劣等感を抱いていたけど、その強敵二人をあえなく撃退できちゃったよ。ど、どうせなら、このままなしくずし的に、ホントに蛍と付き合うまでに持っていっちゃったりして……む、むふふ……
 これで蛍は私のもの。私は蛍のもの。……って、ああ、何、考えているんだろう、私は。私は蛍のもの、だなんて、そんな、エッチっぽい……でも、いずれはそういうことになるんだろうなー。だって、私と蛍は、つ、付き合っている恋人同士なんだし。
 そ、そこまでは飛躍しすぎにしても、キ、キ、キス、くらいなら……許しても、いい、かな? てか、私が、したいかも……
 なんか私って、すごい青春しているんだって、実感している。この学校もやめなくていいし。蛍とは恋人同士として、堂々といちゃいちゃできちゃったりするし、ちょっと恥ずかしくはあるけど。そしてクリスマスイブの夜なんかに、ムードのある中で、二人の唇がそっと重なり合って……そんな二人を降り始めた白い雪がやわらかく包んで……うわー、なんか赤面しちゃうくらいロマンチック……わ、私って、こんなに幸せでいいんだろうか。
 と、携帯電話が鳴った。薔薇色の未来図が脳内の隅の方に一時的ではあるけど押しやられた。
 電話は姉からだった。出ないわけにもいくまい。
『もしもし鈴音、私。突然だけど日曜日、そっちに行けなくなったから。急に結婚式と葬式の予定が入ってしまったので』
「え? でも日曜日は友引じゃ……」
『式見蛍とはどうなったの? ちゃんと恋人同士になれた?』
「そ、それは……もちろん……」
『なんか歯切れが悪いわね。でも式見蛍と付き合っているというのなら安心したわ。あ、それともう一つ。この前話した、国との契約が来年度は切れるという話。あれ、無くなったから。競合した相手の書類に不備が見つかって、落札が無効になっちゃったのよ』
「は? ってことは……」
『だから、来年度以降も神無家は国の仕事を継続してできることになったのよ』
「じゃ、私がこの学校をやめなくちゃならないという話は、無くなるってこと?」
『そうね。鈴音もそっちの学校、やめなくてもいいから。式見蛍と恋人として、楽しい学園生活をおくりなさい。それじゃ』
 電話は切れた。寝耳に水の話だけが残った。
「なんだ、鈴音。今の話の様子では、お姉さんの無理難題は終わったのか。だったらもう僕たち、恋人同士の演技もしなくていいってことか?」
「う、うん……」
 な、なんと私の馬鹿! ここでついつい正直に頷いちゃった。これで蛍と擬似恋人を続ける中でなしくずし的に本当の恋人関係に昇華するという作戦は水泡に帰した。それのみならず。
「……鈴音さん、恋人同士の演技ってどういうこと?」
「巫女娘、今の後輩の台詞、聞き捨てならない内容だったように思うのだが?」
 変な冷や汗が出てきた。クリスマスイブの甘い幻想は妄想と消え、苦い現実だけが背中を這い上がる。いつの間にか私の背後には、まるで背後霊のごとく、ユウさんと真儀瑠先輩が佇んでいた。

 結局私は、ユウさんと先輩に豚丼をおごらなければならなくなった。ユウさんはその場で食べるわけにはいかないのでテイクアウトだ。
 姉の話は、私と蛍をくっつけようとするための嘘だったから、学校をやめる必要が無くなったのは本当に良かったと思う。でも、蛍と擬似恋人体験をすることもできずじまいだったし、代償として蛍におごるはずだった二杯の豚丼をユウさんと真儀瑠先輩におごるはめになった。
 結局、ユウさんと先輩はおごられ得? 私のおごり損?
「結局豚丼食べ損なっちゃったじゃないか。死にてぇ」
 死にてぇは私の台詞だわよ。

メイド服、巫女衣装で萌える?

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