ドサ日記 雑草帝国の辺境

都会人もすなるブログといふものを、田舎者もしてみむとてするなり。

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メイド服、巫女衣装で萌える?

神無鈴音のドキドキ合コン☆初・体・験――マテリアルゴースト二次小説

「鈴音さん! 鈴音さん!」
 元気のいい美少女の声に、私は振り向いた。……端から見れば、何もないところで振り向いたように見えるかもしれないが、私にはその声がはっきりと聞こえていた。
「あ、ユウさん」
 虚空に向かって、私は笑顔を向けた。もちろんそこは単なる虚空ではない。私には、そこにいる人がちゃんと見えている。いや、正確には人ではなく幽霊だけどね。
 その人、ユウさんは、地に足が着いていない。落ち着きを失っているという文学的表現ではなく、本当に空中に浮かんでいるのだ。だって幽霊なんだから。
「合コンだって。だから私も鈴音さんも人数に入っているから」
 ユウさんは明るい口調で、さらっと唐突なことを言った。光の加減のせいか少し茶色味がかって見えるショートヘアを軽快に揺らし、楽しげな表情でユウさんは私の周囲を浮遊したまま一回転した。幽霊なのに光の加減というのもなんか変だけど。
「……ちょっと待ってユウさん。それって、私に、合コンに参加しろ、ってこと?」
「うれしいでしょ?」
 参加しろ、ってことですらないらしい。参加は既に決定事項らしい。もちろん私はそんなことを承諾した覚えは無い。
「ちょっと困るんだけど。私、そういうの行くつもり無いし」
 それは、私も女の子だし。異性に興味が無いわけじゃない。テレビでジャニ系のアイドルなんかが出ているのを見ると「男の子なのに、かわいいし、かっこいいなあ」と素直に思う。今は恋人はいないけど、恋をしたい気持ちはある。好きな人は……
 ああ、まあ、その話はおいておくとして。
 でも、合コンって、ちょっと違うと思うのよね。な、なんていうか、そういうのに参加する男の人って、最初から性行為にまで持ち込むことを念頭に置いているようで、なんか不潔だ、と思うのよね。ついでに言えば、それを分かっていて参加する女の方も、かっこいい人がいたらカラダを許してもいいと思っているのだから同罪だけど。
 ……てことは、「私も鈴音さんも人数に入っている」と言っていたユウさんも、合コンに参加する、ってことよね?
 ユウさんが合コン?
 本人、合コンの意味をちゃんと分かっているのだろうか? だから率直に尋ねてみた。
 そしたらユウさん、ハリセンボンの子供のように頬を可愛らしく膨らませてプンスカという表情を作った。これが可愛いということを分かっていての表情作りだわね。
「失礼な。合コンくらい知っているわよ。こう見えても昔は『合コンの女王ユウ』とまで称されていたんだから」
「……ユウさん、記憶喪失じゃなかったっけ?」
 ユウさんが合コンの女王だなんて、イメージが湧かない。仮にユウさんが合コンに参加しても、出てきた料理をバクバクと食いまくって、男性陣ドンビキってことになりそうな……あるいは「好きな食べ物は冷凍イクラです」などと非常識な発言をして文字通り場を凍り付かせるとか。
「合コンの醍醐味と言えばやっぱり『お持ち帰り』だよねぇ。英語で言えば『テイクアウト』? ほら、私って幽霊だから、お店とかでのお食事って、ちょっと難しいのよね。下手に誰かに見られたら、透明人間が飲み食いしているように見えちゃうからさ」
 確かにユウさんは、外食が難しい。だから先日私が、真儀瑠先輩とユウさんに豚丼をおごった時にも、先輩は店内で食べていったが、ユウさんはテイクアウトにした。……でも、合コンでいうところのテイクアウトって、全然意味が違うんですけど。
「かっこいい男の人にテイクアウトされて、えっちなことするんだよね。やっぱりゴミと私のような美少女はお持ち帰りに限るよねぇ!」
 ……ツッコミどころが多すぎて、私は対応に困り、結局は絶句しただけだった。ユウさん、テイクアウトの意味はちゃんと分かっていた。……マナーをきちんと守るのは蛍の薫陶を受けたせいなのかどうか、ゴミの持ち帰りには大賛成だけど、自分とゴミを同系列に並べて言うなんて……勇者というか、蛮勇というか……そしていつものことだけど、さりげなく自分で自分のことを美少女だときっぱりはっきりさっぱり断言しているし。他にもツッコミどころがあるような気がするけど、省略するとして……まあ、確かにユウさんは、下手な美少女アイドルユニットのメンバーなんか目じゃないくらいの美少女ではあるんだけどね。はぁ、ただ単に子供っぽいだけの容姿でしかない私から見たら羨ましいよ。ユウさんは美少女で、その上蛍と同居だもんね。これじゃ勝負にならないよ……
 って、別に何かの勝負をしようってわけじゃないんだからね。
 話を戻すけど、私は合コンになんか行きたくない。どんなかっこいい人が参加するかどうかは知らないが、仮に芸能人クラスのイケメンがいたとしても、私はテイクアウトされるつもりなんか無い。大切な初めてを、そんな今さっき見知ったばかりの人に捧げるつもりなんか毛頭無い。やはり、本当に好きな人と、クリスマスイヴの夜のようなロマンチックな状況で……というのが乙女の永遠の夢だと思うのよね。
 お持ち帰りまで行かなくても、男の人と飲んで騒いで楽しい時間を過ごせればいい、という考えで合コンに参加する女の人もいる、というのは私だって承知している。……でも悪いけど、私はそういう雰囲気って得意じゃないし、それほど好きでもない。気心の知れた人とのパーティーなら楽しいかもしれないが、知り合ったばかりの人たちとでは、ねぇ。
 そもそも未成年だから、お酒飲むのはまずいだろうし。
 合コンに参加するくらいなら、家で霊関係の資料でも読んで除霊の勉強でもしていた方がいい。
「鈴音さん、せっかくの合コンなんだから、ビシッとした服でキメて来ないとダメだよ。なるべくなら正装の巫女服で」
 ユウさんは相変わらず超マイペースで、勝手に話をすすめてくださっていた。神無家関係の仕事でもないのに、巫女服なんて絶対に着ないんだから。最近流行っているコスプレだとかなんとかと十把一絡げにされて萌えーだとか言われるなんて、痛くてしょうがない。
「参加人数は全部で六人だって。楽しみだねー!」
 ユウさんの思考や嗜好に干渉するつもりはない。幽霊であっても人格は尊重する。だからユウさんが三対三の合コンに期待を抱くのは勝手だ。……でもそれに私を巻き込まないで、お願いだから。
 でも素っ気なく断ったりすると角が立つ。ここは、もっともらしい言い訳をでっちあげなければ。私はこう見えて気遣いの人なのだ。
「あ、あのね、ユウさん。私は、そういう合コンとかに出ると、姉さんに怒られるんだ。『鈴音、あなた、そんな遊んでいる暇があるのですか? 一日も早く神無家の戦力となるために修練に励まなくてはいけませんよ』と言われてしまうのよ」
 ユウさんは顔色一つ変えなかった。私の言い訳は適材適所ではなかったのだ。
「ああ、それなら大丈夫だよ鈴音さん。深螺さんの許可は取ってあるから。『鈴音もたまにはこういう集いに参加して、見聞を広めて人間力を高めなければ、本で読んだ知識だけでは一人前になれませんからね。必ず合コンに参加するよう、私からも厳命しておきます』って言っていたらしいから」
「……う、うそ……」
 私の弱々しい声を打ち消すかのように、電子音が鳴り響いた。私の携帯電話が鳴ったのだ。かけてきた相手は……神無深螺の携帯電話。つまり、私の、苦手な姉。
『もしもし鈴音? 私だけど。あなた、明日合コンに行きなさい。これは命令ですから拒否は認めません。服装は、別に巫女服でなくてもいいけど、ちゃんと男の視線を意識した、勝負服を着て行くのですよ。コンビニに買い物に行くような普段着は認めません。時間と場所は……』
 私の顔は、ただでさえ肌が白いのに、漂白したトイレットペーパーのように真っ白になっていたに違いない。
「あ、アニメの時間だから、私帰るねー。バイバイ鈴音さん!」
 ユウさんは、私が電話を終わる前に、風のように飛んで行ってしまった。というか、ユウさんを追いかけるように本当に風が吹き抜けて、ピンク色の花びらを舞い上げた。……はあ、こういう時は身軽な幽霊は便利だとは思うが、アニメを優先するユウさんのマイペースぶりも相変わらずだわ。
 姉は言いたいことだけを一方的に言い、私の都合などまったく聞かずに、ぷっつりと電話を切っていた。ケータイを握る私の掌は少し汗ばんでいたが、ケータイの機体自体はまるで氷であると錯覚しているかのように冷たく感じた。
 まただ。まただわ。
 いつ頃からか。顕著になったのは恐らくユウさんと出会ってからだと思われるが、私の周囲に平穏は無い。事件やトラブルだらけだ。そして私は、いつも望まないのに渦中に巻き込まれてヒドイ目に遭うのだ。
 今回もそうなりそうな予感が、ラフレシアの花よりもぷんぷん臭った。……ラフレシアの花なんて図鑑でしか見たこと無いけど。

 そしてユウさんの会話の中で、違和感を覚えつつも明確に認識できていなかったことを、今になってようやく分かった。
 ユウさん、テイクアウトされてえっちなことをするのが合コンの醍醐味とか言っていたけど、今のユウさん、幽霊でしょ。相手の男の人が霊を見ることができる人だったならば、合コンの場では通訳ナシで一緒に騒いで楽しく過ごせるかもしれないが、お持ち帰りには意味が無いじゃない。霊体物質化能力を持つ式見蛍が半径二メートル以内の側に同伴していない限り、普通の人間はユウさんに触ることなんかできないんだから。えっちな行為なんてできないでしょう。
 とにかく、合コンに行かなければならないのは確定なわけで。私の家路、足取りは重く、首は稔った麦の穂よりも垂れて。

 行きたくはない。それだけは確実であり、きつく念を押しておかなくてはならない。
 でも行かなければならない。どうせ行くのなら、「服のセンスの悪い女」と見られたくはないから、できるだけいい服を着て行くことにした。いわゆる勝負服だ。散々迷ったのだけど、下着も勝負下着にした。もちろん、合コンなんかに参加する男に見せるつもりも脱がされるつもりも無い。ただ、なんというか、自分自身の気持ちの持ちようとして、ね。勝負下着をはいて、気持ちを引き締めようと。
 そう。これは姉さんに指示されて参加するのだから、私にとってはある意味戦いなのだ。こんな経験が今後、神無家の巫女の仕事としてどんな役に立つのかは分からないけど。というか絶対役に立たないと断言してもいいんだけど。それでも名言はさけてぼかすのが大人の事情というものかしら。
 おしゃれは足下からというし、靴もきちんと磨いたいいものを履いて行く。お化粧は、口紅だけを塗ることにした。以前に無理をして買ったはいいけど、学校で隣の席の朴念仁が気付いてくれないものだから、使わなくなっていた一品だ。せっかく薄い財布を更に軽くしてまで買ったのだから使わなければ損だ、という貧乏根性こそが、口紅を塗った最大の理由というのは秘密である。そう。私は、け、結構美人なのよ。本来、変なファンデーションとか口紅とか必要は無いのだ。そんな物に頼らなくても地が美人。そう。そうに決まっている。ユウさんにも負けてはいない……はず、……なんだから……。
 薄ピンク色のワンピースの裾を風に遊ばせながら、私は会場の居酒屋へ向かった。開店が五時なので、混み始める前に始めるということで集合も五時だ。つまり、早く行き過ぎてもまだ店が開いていない。大幅な遅刻は大顰蹙だろうが、五分くらいの遅刻なら許容範囲という時間設定だ。
 といっても私は遅刻したいとは思わない。まさか、ラブコメマンガとかでよくあるような「楽しみにしていたデート」みたいに一時間以上前から待ち合わせ場所に行く、なんて奇行をするつもりも無いけど。つまり、目標は五時ジャストに居酒屋に到着、だ。
 日が少し傾いた街を歩きながら、心のどこかに感じていたひっかかりを、少しでも解決しようと考える。合コンが行われる、というのは分かった。ユウさんも、もちろん私もきれいだから、誘われたのだろう。でも、なんか変。
 この合コン、そもそも誰が企画したのだろう。姉さんを使ってまで、私に参加を強要させるのだから、姉さんに対してもそれなりに影響力を及ぼすことができる人物、ということになる。
 その人物が誰であるか。なんとなく想像がつくようなつかないような、微妙な線だが、決定的証拠があるわけでもなく、断定はできないだろうから、その人物の正体については一旦置いておく。で、その人物は、何故、この私神無鈴音を合コンに参加させようと思ったのだろうか。一番考えられるのは人数集めだ。でも姉さんにまで影響を及ぼせるほどの人物なら、わざわざ私なんかを呼ばなくたって、他に要員を集めるのは容易なのではないか。それくらいの人脈くらい持っていて普通なのではないか、と思う。
 私なんて、確かにルックスは美少女だわ。……だ、段々、自分で言っていて苦しくなってきたけど、今日は、ここは、美少女と言い切って通したい。で、私は美少女と仮定して話を進め直すけど、……私って、性格的には、合コンなんかでわいわい騒ぐのは好きではないのよね。ノリが良いとはとても思えない。男の人と気さくに話すことなんて苦手だ。恥ずかしくてすぐ赤面しちゃうし。しかも私は霊能力者で、巫女だ。もちろん黙っていれば相手の男の人に知られることはないだろうが、注意していなければユウさんあたりが口を滑らせて「鈴音さんって、本物の巫女さんなんだよねー。巫女服は着ない主義だけど」とか言っちゃいそう。そうなると、雰囲気最悪だわ。三人の見ず知らずの男の人から好奇の目を向けられて、子ウサギのようにぷるぷる震えて怯える私……ど、どうしてそんなこと言っちゃうのよ、ユウさん……
 ……あれ? ユウさん?
 ユウさんが何を言ったって、霊能力者である私が通訳しなければ、普通の人には分からないんじゃないの? 普通の人は幽霊なんて見えないし、声も聞こえすらしないんだから。
 私の周囲には「類は友を呼ぶ現象」とでも言うべきか、霊能力のある人が多い。いわゆる帰宅部のメンバーは、大半が何故か霊能力者だ。例外は真儀瑠紗鳥先輩くらいだ。でもそれは、帰宅部が特異なだけだ。普通の、本当の一般人は幽霊を見ることはできない。幽霊の声を聞くことはできない。それが常識だ。
 つまり、……合コンに参加するのは全員霊能力があって、幽霊を見たり声を聞いたりできる、ってこと?
 ……もうこの時点でまともな合コンではないわね。既に確定。
 あーでもそうしたら、真儀瑠先輩はメンバーの中に入っていない、のかもしれない。私はてっきり、今回の合コンを企画したのは真儀瑠先輩だとばかり思っていた。そして当然先輩もメンバーの内の一人だと勘違いしていた。真儀瑠先輩、ユウさん、私。の三人が女子出場選手だと思ったのだけど……だとしたら、あと一人紅組は誰が参加するんだろう?
 ――まあ、深く考えても意味無いか。行けば分かることだし。
 むしろ先輩が参加しないのはありがたいと考えるべきかもしれない。あの人は、黙っていればすごい美人だ。流れるようなストレートの黒髪に、ファンデーションも化粧も不要の顔立ち。女優もかくやという存在感。まさに女神の化身という感じがする。あの人とユウさんと並ぶと、正直な話としては私は見劣りするのは否めない。わざわざ肩身の狭い思いをするために行きたくはない。
 先輩は黙っていれば美人ではある。でも、黙ってはいない。とにかく横暴で尊大で、やたらとトラブルを巻き起こし、トラブルを引き寄せるし、あの先輩の存在自体がもうどう考えてもトラブルそのものだし。あの先輩が何か物事にかかわって、平穏無事な決着で落ち着く、なんてことは考えにくいのだ。

「ここだわ」
 左手の腕時計で確認すると、時刻は五時を数秒回ったくらいだった。時間通りと言っていいだろう。もし冬だったらもう暗くなっている頃だが、今の季節だったらまだ高い位置に太陽が残っている。昼間の暑さの名残も一緒に残っている。周囲が明るくても、営業中であることを示すためか、全国にチェーン展開されている有名居酒屋の看板には明かりが灯されていた。
 ――だ、大丈夫、かしら?
 ここに来て、私はちょっとビビってしまっていた。私は未成年だ。容姿も、ちょっと子供っぽい。胸だってそんなに大きくない。店に入った時点で未成年と見抜かれて、追い出されたりしたら、と考えると急に不安になってきた。未成年お断り、と言われての退去は、かなり恥ずかしいし情けない。
 でも、ここに来て引き返すこともできまい。思い切って中に入ることにした。こう見えても今日はいつもよりほんのちょっとアダルトな勝負下着をつけているんだから。神無鈴音アダルトヴァージョンなんだから。
「いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませっ! 何名様でしょうか?」
 居酒屋らしい、と言っていいのだろう。威勢のいい店員たちの声に迎えられた。
「おう、巫女娘! 遅かったな。こっちだぞ」
 奥の方から男言葉の女声が聞こえた。私はそちらへ向かって歩を進めた。店内には料理の時にあがる湯気や、揚げ物を作っているのだろう、油の香ばしいにおいやジュゥゥという弾ける音が立ちこめ、店員さんたちがビールジョッキを準備してガラス同士が触れあうガチガチいう音も耳に響く。大衆居酒屋、という感じだろうか。会社帰りのOLさんとかでも入り易い、お酒もだけど料理の種類と量とで支持を得ているお店だ。
 それにしても、真儀瑠先輩が来ているとは……
 私達の合コンの場は、六人がけのテーブルだった。ラッキーなことに小上がりではなく椅子席だ。現在、料理が運ばれている最中だった。二人の店員さんが忙しく行きつ戻りつしている。
 既に来ているメンバーを見て、私は絶句した。口をぽかんと開け、席に着くのも忘れてその場に立ち尽くした。
 立ち上がって私を迎えてくれた長身の女性が、真儀瑠紗鳥先輩。帰宅部部長だ。さりげなく体の線の美しさを魅せる、妖艶でいて清楚さを失わない白いブラウスの上に薄いグリーンのカーディガンを羽織り、下は黒のスカートといういでたちだ。この合コンを企画した人でもある。そう断定して間違いないだろう。
「遅刻だぞ、巫女娘」
「先輩、お願いですから、巫女娘という呼称はやめてもらえませんか。私、さっき店員さんにすれ違いざまに変な目で見られちゃいました」
 私はジト目で先輩を睨み上げたが、暖簾に腕押しというか、先輩はそんなことで動じたりなんかはしない。腰に両手を当てて、スタイルの良い胸を反らし、尊大な態度で言い放つ。
「遅刻した罰だ。巫女娘の席は、後輩から遠いここだ。壁際の、一番手前通路側」
 三人対三人で向かい合う形で六つの椅子が並べられている。真儀瑠先輩以外に、既に壁際に二人、入り口側に一人の人物、……と幽霊が座っていた。
「あ、鈴音さーん。そのワンピースかわいいねー!」
 ユウさんが服を褒めてくれたが、さして嬉しくはなかった。嫌な気分ではないのだが、喜んでいる場合ではないのだ。
 ユウさんが居るのは当然だ。だって昨日、ユウさんも参加すると、自分で言っていたのだから。ユウさんの席は私の隣、つまり壁際の真ん中だ。ユウさんはというと、いつものようなアニメキャラもびっくりのレースふりふりのロリータ服、もうむしろどこの国のお姫様なのっ、って感じの華やかな服を着ていた。ユウさんの場合はお酒や料理をこぼして服を汚す心配も無いしね。幽霊の服というのは、幽霊がイメージすることによって自由自在に変更できる。汚れてしまえば、新しいものにイメージし直せばいい。本人は風呂に入る必要も無いし、トイレに行く必要すら無いんだし。
 そして、合コンに誘われた時に感じていた違和感の正体が分かった。そうだよ。ユウさんは幽霊で、実体が無い。そのまま合コンに参加してどうするというのだ。いくらお姫様さながらの華美な衣装を身に着けても、それはそう見えるだけであり、実体が無い。テイクアウトされてもえっちなことができないという以前に、居酒屋で料理を食べることなんてできないのだ。そのまま合コンに参加していれば、の話だが。
「やあ、鈴音……巫女服着て出直してきて」
「何言っているのよ蛍!」
 思わず言い返してしまった。私は肩で息をした。そうだよ、迂闊だったよ、私。どうしてその可能性に思い至らなかったのだろう。
 ユウさんの更に隣、壁際の奥の席には式見蛍がいた。私のクラスメイトで、教室では隣の席の男の子だ。小柄でほっそりしていて、女装すればまともに女の子と勘違いしてしまう。……というか、勘違いしてしまったことがある。そんな美少年だ。口癖は「死にてぇ……」。
 ま、まあかなり妥協そうとう譲歩が必要だけど、私、真儀瑠先輩、ユウさん、そして蛍。ここまでの四人は、いいとしよう。事前情報だけでも推測できたはずのメンバーだ。
 でも、入り口側の奥の席、つまり蛍の真向かいに座っている女の子の姿を見て、この合コンが普通ではないことを確信せずにはいられなかった。
「あ、神無さんこんばんは。……兄さんが、『巫女服を着てきた鈴音を見ることができるぞ』って言うから楽しみにして来たんですけど……普通の服ですね」
 がっかりしたような声で私に挨拶してきた彼女は、私よりも年下で、容姿も年相応だった。しかも、どこかの高校の制服を着ていた。よくその格好で店に入れたものだと思うが、……それもそのはず。彼女は霊体であり、一般人の店員の目には見えない存在なのだから。
「妹さん……」
 私に巫女服という不埒な期待をしていた彼女の名前は式見傘。向かいに座っている式見蛍の一つ下の妹だ。女性的な顔立ちの蛍とはよく似ていて、蛍の性別を本当の女性に変えて、髪型をちょっと変えて制服を着せれば、そのまま妹さんになりそうな感じだ。
「はい、失礼します!」
 突っ立ったままの私の横を擦り抜けて、店員さんが次の料理を持ってくる。レタスやアスパラガスやトマトに、フレンチドレッシングがかかっているサラダ盛りだ。
「巫女娘、突っ立っていたら邪魔だからさっさと座れ」
 真儀瑠先輩に促されて、渋々という形で私は指示された席に座った。真儀瑠先輩が容姿以外でも大人だな、と思うのは、こういう周りに対する気遣いができるところだ。……言い訳させてもらえば、今の私はショックが大きくて、周りなんか全然見える状況じゃないよ。
「……先輩、この合コン、ちょっと変じゃないですか?」
「どこがだ?」
 先輩は邪魔にならない場所に立ったまま、私の方を見ずに入り口の方を凝視している。まだ来ていない最後の一人を待っているのだ。私は、黒髪が優雅に揺れる後ろ姿の先輩に向かって抗議する。
「合コンなのに、男は蛍一人しかいないじゃないですか。それなのに女は四人。これじゃ三対三にならないじゃないですよね?」
「巫女娘よ。いつ、誰が、三対三の合コンだなどと言ったのだ?」
 真儀瑠先輩は振り返らずに静かに言った。
「そ……そう言われて、みれ、ば……」
 昨日のユウさんとの会話をプレイバックする。ユウさんは「六人での合コン」とは言っていたが、三対三とは言っていなかったかもしれない。
「そ、それって何ですか? 騙しですか? オレオレ合コン詐欺ですか? 叙述トリックですか?」
 ちょっとヒステリックになって声が半オクターブ上がった私に対し、先輩はちょっとだけ振り向いた。悔しいけど見返り美人図だった。
「巫女娘、そんなに合コンに期待していたのか? イケメン男三人の中から、よりどりみどりで誰かを選んで、お持ち帰りされたかったのか?」
「い、いえ、そういうわけでは……」
 そうではない。そうではないけど……
 私は俯いて、テーブルの上、自分の目の前に置かれているお通しに視線を落としてた。白と青紺の四角い皿にふんわりと盛られている、わらびのみそ漬けだろうか。
「あ、来た来た! こっちこっち!」
 最後の一人が登場したらしい。先輩が背伸びして手を振っている。
 そして……姿を現した六人目のメンバーを見て、私は大いにのけぞった。後ろが壁なので、ごつんと低く鈍い音をたてて、脳天に星が瞬いた。
「真儀瑠紗鳥、本日は合コンに招待していただき、ありがとうございました。私は合コンというのは初めてでして、大変楽しみにしています。王様ゲームもしてみたいですし、お持ち帰りもされてみたいものです」
 この声、この口調、……どう考えても、この場に最も相応しくない人物だ。そして、私がよく知る人物だった。
「こんばんは深螺さん」
「こんばんはー」
「こんばんは、神無さんのお姉さん」
 蛍、ユウさん、妹さんも、次々と私の姉に挨拶した。
 そう。
 最後の登場人物は、あろうことか、よりにもよって私の姉、神無深螺だった。長いホワイトの髪を持つクールな美人なので、周囲の店員やまだ少ない客からも注目を集めているのが分かる。強力な霊力を誇る巫女だけど、今はさすがに巫女服ではなく洋服姿だった。だけど、胸元が大きく開いていて、日頃家で見かけるスカートよりも随分短いスカートを穿いている。明らかに姉は、勝負服を着ている。バストも、いつもよりもボリューム感があって、襟ぐりからのぞく谷間はくっきりと深い。間違いない。下着も、勝負下着だ。中級悪霊を相手にする以上に、姉は気合いが入りまくっているのだ。
 姉は入り口側の真ん中の席、式見傘の隣に座った。入り口側の一番手前、つまり私の真っ正面には真儀瑠先輩が座った。その真儀瑠先輩が、いつものニヤリという笑顔を浮かべて高らかに宣言する。
「よし、六人全員揃ったな。これから楽しい合コンだ。本来ならば食べ飲み放題のコースというのは無いのだが、私が無理に頼み込んで四名様食べ飲み放題ということにしたので、遠慮せず食べて飲んでくれ」
 先輩には不思議な人脈と不思議な実力がある。……あれ、四名様?
「……巫女娘。お前の言いたいことを当ててやろうか。どうして六人いるのに四名様か、だろう。ユウと傘ちゃんは霊であり、私も含めてだけど、店員には姿が見えない。つまりはここに居ないことになっている。席は六席用意してもらっているが、ここに居る我々はあくまでも四名様だ。四人分の料金で六人が食べ飲み放題できる、という寸法だ」
 詐欺だ。
 まあ、警察に告訴したって、警察官だって幽霊は見えないだろうし、透けてしまうから手錠をかけることだってできないんだけどね。さすがに良心の呵責で、私はちょっと高い椅子に座り心地の悪さを覚えた。
 そうこうしている間にも、料理は次々運ばれる。お通しは四つしか並んでいないけど、ユウさんと妹さんは気にしていないみたいだ。
 でっかいカニまで出てきた。タラバガニだろうか、高そう……
「飲物は何にする?」
 先輩の問いに、私と蛍はウーロン茶と答えた。気が合う……と言いたいところだけど、未成年だから、消去法でこれくらいしか選択肢が無かっただけなんだけどね。
 真儀瑠先輩は中ジョッキでビールを頼んだ。この場にいる六人、ユウさんは正確な年齢は不詳だけど、とりあえず一番年上なのは姉の神無深螺だ。それでも十九歳。つまり全員未成年なんですけどね……
 その未成年であるはずの姉も、日本酒を頼んでいた。まあ、神無家の場合、日本酒を扱うことも多いし、飲む機会も多いから、法律どうのこうの言うのはナンセンスってものだ。そもそも神無家の存在自体が日本における超法規機関のようなものだし。
「じゃあ私はカルピスサワーにする!」
「それじゃ私はユウに対抗してウーロンハイでお願いします!」
 霊体の二人が、どう考えても悪ノリしてお酒を注文した。ユウさんは浮遊霊、妹さんは体は北海道の実家にいて、幽体離脱によって魂だけがこちらに来ている生き霊だけど、……二人とも悪霊ということで認定してもいいだろう。三連単で懸けてもいい。この二人、絶対に酔って、それが悪酔いで、周囲に迷惑をかけまくる。周囲という語をもっとはっきりと限定すれば、主に私と蛍だ。
「カルピスサワーカルピスサワーカルピスサワー!」
「ウーロンハイウーロンハイウーロンハイ! 真儀瑠さんには私とユウの声が聞こえないから、兄さん通訳してよ!」
 蛍は例によって「死にてぇ……」と言いながら、二人の希望を真儀瑠先輩に伝えた。幹事の先輩から注文を受けた男性店員が、四人しかいないのにいきなり六つの注文に首を捻りながらも、カウンターの方へ行った。あの若い男性店員、真儀瑠先輩と姉さんを見て気圧されていたようだ。私の方には一瞥すらしなかったけど。ユウさんと妹さんは、共に美少女ではあるが、やはり普通の人には見えていないらしい。
「……って、四名様料金だけで、六人が飲み食いしようとする魂胆はとりあえず理解しました。納得はしていないですけどね。それよりも、さっきもちょっと言いましたけど、なんなんですかこの男女構成比は。男一人に女五人。こんな合コン、前代未聞ですよ」
「前代未聞と言うな。空前絶後と言え」
 その二つ、どう違うというのだろう。
 真儀瑠先輩はあくまでマイペースだ。ということはつまり、私の方が振り回されつつあるということに他ならない。
「いいか巫女娘。お前、勘違いするなよ。この私、真儀瑠紗鳥は、普通のことをやって普通に終わって、そのまま歴史の流れに埋もれてしまうのを是としない。三対三などという、その辺のどこにでも転がっているような合コンをやって歴史に名を残せると思うのか?」
「別に、歴史に名を残したいとも思いませんし、仮に歴史に名を残すにしても、合コンで、というのはナシじゃないですか?」
 先輩は大げさに溜息をつき、アメリカンな人のように肩の上で両てのひらを上に向けた。
「小さいな、巫女娘。人間としての器も、胸も小さいぞ」
 大きなお世話だ。
「身の回りの、一見些細に思える部分から、世界というのは変えて行くものだし、変わって行くものなのだ。小さな変化がたくさん集まって、それが大きな変化になるのだ。たかが合コン、されど合コンだ。合コンでお持ち帰りされてこそ、初めて女として一人前と認められるのだ」
「そんな一人前だったら別にいりません。……てか蛍も何か言ってやってよ」
「いや……この場に来てから今更何かを言ったって遅いし……」
 な、何をそんな、若いくせに、定年退職直前にリストラされた挙げ句に奥さんに逃げられて人生に諦めきったオジサンのような表情と口調で、後ろ向きな発言をしているのよ。
「鈴音、いいではありませんか。一対五の合コンなど、滅多に経験できるものではありません。自慢できます」
 発言者は私の目の前、いつも通りの冷静な表情に平坦な口調、驚異にして脅威の姉だ。そんなこと、本当に自慢したいと思っているのだろうか。
「それに、女の側からすれば、狙うべき男が一人だけですから、迷わなくて済みます。これがもし三対三の合コンだったりしたら、最低でも一人は外れ、大方の場合は二人外れ、ケースによっては三人とも外れだったりするものなのですから」
「なんなの姉さん。その、合コン常連みたいな物言いは……」
 私が反論の勢いを失った辺りで、注文していた飲物が運ばれてきた。あの若い男性店員だ。真儀瑠先輩と姉さんに対してだけ愛想のいい笑顔を振りまいていた。……まあ、別にいいけど……
「さあ、飲物は揃ったな? では、かんぱーい!」
「「「「かんぱーい」」」」
 先輩の音頭に、幽霊も含めて四人の声が唱和した。一人足りないけど、それは私である。
 ユウさんはいきなりエンジン全開。ウーロンハイをぐびぐび一気に飲んでいる。それを見て「飲みっぷりで兄さんにアピールするなら私だって負けないんだから!」とか言って妹さんがカルピスサワーの一気飲みを始めた。お酒の一気飲みは危険なので、マネしないでください。ユウさんと妹さんは霊だから急性アルコール中毒で急逝することもないはずだから、あくまでも例外だから。
 あれ? なんか、おかしくない?
「あーーっ! 私が注文したの、カルピスサワーだったのに、傘が勝手に飲んじゃった!」
「違うでしょー! ユウが先に間違えてウーロンハイ飲んだから、私は仕方なくカルピスサワー飲んだだけなんだもん!」
「飲みっぷりで私に負けて蛍にアピールできなかったからって、難癖つけないでよね」
「兄さんは、お酒の一気飲みなんていう、危険であまり品の良くない行為をする人なんて嫌いだもん」
 妹さん、自分だって一気飲みしていたくせに。
「まあまあ、傘も、ユウも落ち着けよ。食べ飲み放題なんだから、また注文すればいいだろう」
「あ、そうだよね。さすが兄さん、頭いい~♪」
「今度は一気飲みはしないから、ケイが口移しで飲ませてくれると嬉しいなー」
「あ、ユウずるい! 兄さん、ユウの口移しなんて、なんにも良くないよ。唇だって荒れているし。それよりも、私の方が、若くてぴちぴちした唇だよ。ほら、……んむぅー」
 いつも通りと言えばその通りなのだが、ユウさんと妹さんが言い争いを始めた。蛍が深い深い溜息をつきながら、「カルピスサワーとウーロンハイをもう一つずつお願いします」と先輩に頭を下げていた。
「やはり合コンというのは楽しいですね」
 そんな的はずれな感想を口にしたのは姉だった。もう日本酒に酔ったのだろうか。こんな喧嘩が楽しいというのか。
 ――やっぱり来なければよかった……
 率直な感想だった。まさかこんな面々での合コンだったとは。しかも姉まで来ているし。時間と労力の損失だ。家でテレビでも観ている方が良かったよ。
 でも来ちゃったものは仕方ない。せめてお料理だけでもたくさん食べて、損失補填というか元を取らなくちゃ。
 私はカニの足を取った。カニは、殻を剥くのが大変だけど、その手間も含めて美味しいのは確かだ。
「あ、鈴音さん、ズルい!」
 ユウさんが叫んだ。え? どういうことだろう。私、何かズルいことなんかしただろうか?
「カニを独り占めしようなんて、ずるいー」
「なんですか、鈴音はこの大きなカニを独り占めしようと画策していたのですか? 我が妹ながらなんと悪辣な……」
「ちょ……ちょっと姉さんまで!」
 姉の言葉を聞いて、先輩も妹さんまでもが口々に私のことを「ズルい女」と誹謗し始めた。な、なんで? 私一人で、こんな大きいの全部食べられるはずなんてないのに。タラバガニはテーブルの中央、とげとげのごっつい殻に包まれた体を鎮座させている。これまたとげとげに覆われた足は八本。もちろん足には包丁が入れられている。
 そもそも食べ放題なんだから、無くなればまた注文すればいいだけのことだと思うのだけど。私は困惑しながらも、手はしっかりとタラバガニの足の固い殻を剥いていた。いや、剥こうと悪戦苦闘していた。固くて、私の繊細な手では剥きにくいよ。ちょっとあまり品が良い食べ方とはいえないが、切り口の所に唇を付けて、中の白い繊維状の実を吸い出すことにする。
「よし。これで巫女娘が悪役と決まったな。では罰として、巫女娘は初恋の経験談を話せ」
 ぶっ! と思わず吹き出しかかってしまった。相変わらず先輩は唐突だ。
 要は、合コンというこの場を盛り上げるネタがあれば何でもいいわけだが、……まさか、このメンバーの中では極めて地味な私が祭り上げられるとは……インターネット上でのブログの炎上、なんていう現象も、こういうちょっとしたきっかけが原因なんだろうな、と他人事のように思ってしまった。……いや、今、現在、この瞬間、私にとって他人事じゃないんだけど。
「鈴音さん、早く、初恋初恋」
 悪ノリ大好きのユウさんが笑顔で火に油を注いだ。次いで妹さんも便乗した。
「私も興味深いです」
「鈴音の初恋相手か……どんな変なヤツだったんだろうな。僕もちょっと興味がわいてきたよ」
 け、蛍まで……
 周りから注目の視線を浴び、私は完全に四面楚歌状態だった。もうこうなったら仕方ないから正直に……
 ……って、正直になんて言えるはずがない。だって……初恋の人なんて、今、目の前にいるところで言えるわけなんかないじゃない。自分で自分のことを「どんな変なヤツだったんだろう」なんて言っているけど。確かに蛍は変なヤツだよ。
「えーと、わた……」
 緊張で、声が変にうわずった。小さく咳払いして。やり直し。ちなみに、今に至ってもまだ私はカニの足を未練がましく左手に持っていることに気付いたが、今更置くのもわざとらしいかもしれないので、そのまま持っていることにした。
「えっと、私の初恋は、……よ、幼稚園の時でした。同じたんぽぽぐみのたっくんでした」
 沈黙。無反応。冷たい視線。が五人から私の顔に集められる。な、なんでそんなに私を見つめるの? 顔が、耳が、まるでお酒を飲んだかのように火照った。五人中四人が女性とはいえ、ここまであからさまに注目されるとやはり恥ずかしいものだ。
 居酒屋の中は、ようやく客が増えてきたのか、賑わいが大きくなってきたようだ。あの男性店員も、さすがに仕事にかかりっきりになってきたのかもしれない。こっちに来なくなった。でも、そんな喧噪も耳に入らないほど、私はギリギリいっぱいいっぱいの精神状態だった。こ、こういうのをさらしものというのね……
「……あのな、巫女娘。初恋は幼稚園の時でしたネタが通用するのは、セクシーダイナマイツなグラビアアイドルくらいだぞ。お前は、自分が芸能人くらいの域に達していると思っているのか?」
「……」
 思っていません。特に、この場にいる女性メンバーは美女揃いで、私なんか孔雀の群の中に一羽だけ雀がいるようなものだ。
「バレバレの嘘を言うとは……まあいいだろう。この後王様ゲームもあるし、その中で巫女娘の偽りのベールを剥いで丸裸にしてやるからな」
 真儀瑠先輩が妙に力強く宣言した。まるで革命の後の人権宣言みたいだ。
 ……合コンのお約束と聞いてはいたけど、本当にやるのね、王様ゲーム。
 逃げられるとは思えない。だったら、王様ゲームが始まるまでに、美味しい物を食べて楽しんでおくしかない。王様ゲームでこうむるべきマイナスを想定して、先に料理で楽しんでプラスを蓄積しておけば、あわよくば今回合コンに参加した収支をプラスマイナスゼロに持ち込めるかもしれない。
 真儀瑠先輩が設定した食べ放題は、コース料理だけでなく、一品料理も注文できるという。ユウさんと傘さんは唐揚げ、枝豆、梅奴、揚げ出し豆腐、肉じゃが、などといった居酒屋メニューを次々と注文していた。本来は「この場所に存在していない」はずの二人が一番勢いよく食べている。これで四人分の料金しか払わないんだから、詐欺以外の何モノでもない。店にしてみれば真儀瑠先輩にかかわってしまったことこそが最大の失態だろう。でも同情はしないわ。同情している余裕なんて無いから。
 私も食べた。でも、ユウさんや妹さんのような大食ではない。それに、ユウさんと妹さんは霊であり、どんなに食べても太るわけじゃない。蛍の霊体物質化範囲から出てしまえば、たくさん食べた分もチャラ、ということになる。だけどちゃんと肉体のある人間の私はそうはいかない。食べ過ぎると太るかもしれない。
 でもそんなことを気にし過ぎていたら、今日のこの合コンという過酷な場は乗り切れないかもしれない。エネルギーをチャージしておくという意味でも、遠慮せずに食べた方がいいのかも。
 そういえばサラダもあったはず。野菜ならば、食べてもそんなに太る心配をしなくていいだろう、と思ってサラダの盛られたボウル皿を見たら、なんともう空っぽで、底の方にフレンチドレッシングの残りが、店の照明を反射しててかてかと光っているだけだった。
「あ、鈴音さんもサラダ食べたかったの? ごめんねー。私と蛍と傘とで全部食べちゃった。どうしても食べたいなら、別に注文してね」
 私はなんとなく蛍に対して怒りを感じてしまった。サラダを食べたのは蛍一人ではなくユウさんも妹さんもなんだけど。でも蛍だけに怒りを覚えたのだ。理不尽だとは思うけど、感情の奔流というのは集中豪雨で増水した川のようなもので、押しとどめるのは不可能なのだ。
 だから、別の方向にこの憤懣を炸裂させるしかなかった。
「先輩っ! チーズグラタンと焼きホッケとキムチサラダ注文してくださいっ!」
「……おい巫女娘。食べるのはいいが、後で太らないか心配しておいた方が……」
「余計なお世話ですっ!」
 叩きつけるように言って、それから、料理が来るまでの間すらももどかしくて、グラスに入ったウーロン茶をあおった。アルコールは入っていない普通のウーロン茶だけど、無理に一気のみはせず、息が苦しくなったところでグラスから唇を離した。
「はぁぁぁっ」
 ある程度予想して然るべきだったかもしれないが、このメンバーである。食べるだけでも修羅場だった。真儀瑠先輩は幹事としての仕事をきっちりこなしながらも、あっさりした白身魚のキスの天ぷらを食べている。蛍はというと「これはイイやり方だよなぁ。ユウにタダ飯食われても、懐が痛まないもんなぁ。お店には悪いけど……」とかぼやきながらも、自分が食べる方は遠慮していなかった。メンチカツを頬張り、オムライスを掻き込んでいる。
「あ、ユウずるい! タラバガニのその足、私が目をつけていたのに!」
「え、なんでずるいのさ。別にサンの名前が書いてあるわけじゃないでしょ」
「だってその足、鈴音さんが取ったやつを除けば、一番太いじゃない」
「そんなことないよ。傘が取ったやつだって、同じくらい太いでしょ」
「何よユウ、自分が足、太いからって」
「私は足太くないもん! 私が足太かったら、傘なんか桜島大根じゃん!」
「私は生まれも育ちも北海道なんだから! 桜島大根なんかじゃないんだから!」
 ……ユウさんと妹さんは些細なことで喧嘩を始めている。喧嘩するほど仲が良い、というのは、ああいう関係を言うんだろうな。
「おーい! 料理が遅いぞー! 早くしないとここにいる巫女娘が、空腹の怒りにまかせて、商売不調の呪いを始めてしまうぞー!」
 真儀瑠先輩が厨房の方に向かって料理を催促した。催促はいいんだけど……言い方を考えてほしい。それじゃ私が悪の権化たる呪いの堕巫女みたいじゃない。言いたい不満を押し戻すように、私は更にウーロン茶をあおったが、グラスはすぐ空になって出がらしだけが舌の裏を湿らすだけだった。
 私のウーロン茶、早くこないかしら!
 先輩にせかされたからか、店員さんが慌ただしく料理と飲物を運んで来る。例の若い男性店員ではなく、女性店員だった。私は出てきたウーロン茶をひったくるようにして、ぐいっと飲んだ。
 飲んで、むぐっと窒息したウサギのように唸った。
「これ、ウーロン茶じゃなくてウーロンハイだった……」
「あーっ! 神無さんが私のウーロンハイ、飲んじゃったぁー!」
「ご、ごめんなさい……」
 え、これって私が悪いの? という理不尽な思いはあったが、傘さんが泣きそうな声で私を非難するので、とりあえず謝っておいた。頭に血が昇る。急激な運動をした直後のように心臓が乱打する。血液に乗せて、体の隅々までアルコールを運んでいくのがリアルに感じられるようだ。ただでさえ肌が白い上に赤面症の私は、たぶんそのうち顔が真っ赤になってくるはずだ。……あるいはもう赤くなっているかもしれないけど。
「あ、この唐揚げ美味いな。……死にてぇ……」
 蛍はばくばく食べながら、死にたいとか言っている。いつもながら矛盾した人だ。食べる、なんてのは生の象徴的行為なのに。本気で死にたいんだったら、食べるのを我慢して飢え死にでもすればいいのに。あるいは食べるだけ食べて満足してから、他の死に方で死にたいということなのかもしれないが。……って、本当に死んでもらったら困るけど。
 姉の深螺はというと、通路側の真ん中の席ではあるけど、バカ騒ぎに巻き込まれることなく、静かに日本酒を飲んでいた。ほろ酔い加減というのか。頬が少し紅潮している。大きく開いた胸元からのぞく、首筋から鎖骨にかけてのラインも、少し赤らんでいるように見える。妹の私から見ても色っぽい。
 ふっっと、横を見ると、蛍の視線が、なんとなく姉に注がれている気がする。それも、大きく開いた胸元に釘付けになっているような気がする。……ま、まあ、思い過ごしだろう、錯覚だろう、そんなことはないだろう……いややっぱり蛍は姉さんの方を見ている。凝視している。ギラギラとしたケダモノのような目で見ている間違いなく胸元を見ている。しかも今日の姉さんは、意識的にバストアップしている勝負モードだ。
 なんか、いらいらする。
「ちょっと蛍! どこ見ているのよ! えっちな妄想とかしていないでしょうね!」
 気が付いたら私は、衝動的に叫んでいた。ああ、これはアルコールのせいだわ。理性の箍が弾け飛んで、私の心の中で飼っている嫉妬という名のドラゴンがかまくびをもたげたのだわ。
 蛍はびくっとして慌てて目をそらし、意味もなく天井の方を眺めた。
「え、なに、兄さん。もしかして妹の私がお酒を飲んで色っぽくほろ酔い加減なのを見て、欲情していたの?」
「妹を見て欲情する兄なんているはずないじゃん。蛍は、隣で密着している私が、お酒が入って体温が上がってあったかくなっているのを感じて、ドキドキしちゃっているんだよねー」
「でもユウの言い種だったら、兄さんはどこも見ていないでしょ。おかしいよ」
 池に小さな石を一つ投下しただけで、いくつもの波紋ができて次々と広がって行くように、投げかけた小さな言葉も、帰宅部合コンというこの場ではものすごく大きく膨らんで大騒動だ。
「式見蛍、あなた今、私の胸を見ていましたね。それもかなり本能と煩悩と性欲にまみれたいかがわしい目で。あなたもやはり男なので、バストアップしたボリュームのある胸が好きなのですか?」
 姉の台詞に、一瞬場が静まりかえった。
 次の瞬間、ユウさんが、妹さんが、そして真儀瑠先輩までもが、何やらわめき出した。同時に喋っているから、どちらが何を言っているのか判然としないけど、非難囂々なのは間違いない。というか、人の台詞を解析している余裕なんて私には無い。だって、私も一緒になってほとんど支離滅裂な文句を蛍に浴びせかけていたから。
「なになにどういうことなの蛍信じられない蛍って姉さんに気があったの信じられないしかも胸を見ていただなんてそういうのってすっごく最低不潔そういう人って私大嫌いもしかして蛍って私のこともそういうエッチな目でみているのいやだ信じられない」
「……いや、鈴音のことはえっちな目では見てないよ。見るわけないじゃん」
 四人の女性から容赦ない言葉の空爆を受けている蛍だったが、本人は割と冷静というか、四人の言っていることをそれなりに把握できているらしい。いっぺんに十人の言うことを理解できたという聖徳太子の縮小版みたいだわ、と思って感心している場合じゃないような気がする。
 ……なんか、私だけには全く興味が無い、というか、女性として魅力が皆無、みたいな趣旨のことを言っていなかった? そりゃ、エッチな目でジロジロ見られるのは気持ち悪くて不潔で嫌だけど、なんというか、こう、女性としての魅力を感じてくれないというのも、ちょっと寂しい。いやかなり悲しい。それでいて、美人の姉さんの魅力にはメロメロだったりするの?
 ショックのあまり私は黙ってしまったが、他の三人はまだ蛍を責めている。この三人、確実にSだわ。そして問題発言を投下した張本人たる姉さんはというと、まるで波紋を呼ぶ発言なんか無かったかの如く、静かに日本酒を嗜んでいる。やはり大人物というか……でも考えようによっては、一見静かに合コンの時を過ごしている姉こそが、このバカ騒ぎの仕掛け人なのであって、一番合コンの騒ぎに寄与しているのは姉の神無深螺なのだろう。私もはっちゃけた方がいいのだろうか。
 こういう時は、ヤケ酒というのだろうか。とにかく飲むしかない。居酒屋へ行って会社の上司のグチをネチネチと言ってネクタイを額に巻いてくだを巻いている中年のお父さんの気持ちが、今なら少し分かるような気がするわ。
 間違えて飲んでしまったウーロンハイを、ぐびぐびと一気に飲み干した。確かにアルコールのきゅぅぅっという鼻に抜けるような感覚はあるが、味そのものはほとんどウーロン茶の素の苦みと渋みだけだ。普通においしく飲めるものだ。体がぽっぽっぽっぽっとする。いい気分かもしれない。
「あー、先輩ー、ウーロンハイー、お代わりお願いしますー」
 私は真っ正面の席に座る真儀瑠先輩に向かって言ったのだが、肝心の幹事の先輩は、私のことなど眼中に無いようだ。ユウさんと妹さんと一緒になって、まだ蛍に文句を浴びせるのが忙しいらしい。食べる箸さえ止まっているくらいだ。私の声は届いていない模様。
「真儀瑠先輩! ウーロンハイ、お代わりお願いしますっ!」
 こっちもヤケだ。お酒が入っているので勢いもある。先輩に対して、強い口調で要求した。でも先輩は私の方に目を向けようとはせず、蛍の方に顔を向けたままだった。ただ一言、
「自分で勝手に頼め」
 とだけ言った。長い黒髪を振り乱し、先輩は結構興奮しているようだ。お酒が入っているから、なのかな?
 でも先輩の言うことももっともだ。お酒を飲んでしまったとはいえ、私はまだ酔ってはいない。冷静な自分は脳内に健在だ。どうせ食べ飲み放題なのだし、幹事さんを通さなくても、自由に自分の好きなものを注文すればいい。
「すいませーん!」
 大声で呼んだら、あの若い男性店員が来た。店が忙しくなってきたせいか、顔に余裕が無くなっている気がする。でも、美女揃いのグループに呼ばれたからか、営業スマイルではない素の笑顔が浮かんでいた。
「ウーロンハイ一つお願いします」
 注文を言ったのが私であり、先輩も姉さんも店員の方を一顧だにしなかったためか、店員さんは急に疲れたような表情で戻って行った。……なにもあからさまにそんなに落胆することないじゃないのよ……
 でもその店員さん、ウーロンハイ一つだけをお盆に載せて、すぐに来てくれた。グラスの氷が茶色い液体の中で浮かんでカラカラ揺れている。お客さんが増えたためだろうか。熱気で空気が密度を増したようだ。ここは禁煙席だけど、喫煙席のタバコの煙の先端がここまで漂ってくるのか、少し視界が紫がかって、苦いような臭いがほんの微かに漂う。蛍はタバコの煙が大嫌いだから、機嫌を悪くしなければいいけど。
 ……発想を転換しよう。みんな、蛍をイヂメるのに忙しくて、食べる方がおろそかになっている。姉さんだけはマイペースを保っているけど、そんなに大食いをしてはいない。つまり、この隙にいい物を食べればいいのだ。私、頭いい。お酒が入って、寧ろ頭脳明晰になって冴えているんじゃないかしら。
 さっき頼んだチーズグラタンと焼きホッケとキムチサラダを、独り占めしてしまう。うん、なかなか美味しい。
「あっ、巫女娘。さりげなく料理を独り占めしようという魂胆だな。なんという卑怯な!」
 うわ。正面に座る真儀瑠先輩に気付かれちゃった。しかも何故か卑怯呼ばわりまでされちゃった。つくづく私って、損だわ。
 先輩の一言に、ユウさんも妹さんも、蛍を責めている場合ではないと気付いたようだ。そう。蛍に文句を浴びせるのは、ここではなくてもいつでもできる。でも食べ放題飲み放題は今ここでの限定された話だ。食べる方こそが優先だと思い直したのだろう。三人の女性の食べるペースが上がった。対抗心を燃やしたわけではあるまいが、食べなければやはり勿体ないという損得計算は働いたのであろう、蛍も一生懸命食べ出す。相変わらずマイペースなのは姉さんだけだ。でも姉さんだって食べていないわけじゃない。いつも以上には食べている。姉は小食そうに見えて、朝からご飯を三杯もお代わりすることすらもあるのだ。
 はっきり言って、合コンというより食うか食われるかの戦場だ。
 姉とは違って日頃から小食である私は、色々食べて、挙げ句にお酒も飲んで、結構胃が膨れてきたようだ。
 お店もお客さんが更に増えて、活気が増してきた。「かんぱーい」という音頭と共にグラスを合わせる音が響く。料理と飲物を注文する声が交錯する。小上がり席ではOLだろうか、グレーのスーツ姿の若い女性が、立ち上がってビールジョッキをの中身を飲み干している。
 そして帰宅部合コンも、空腹が満ちて次なる欲求段階に入っていった。
「よーし。この辺で合コンの王道、王様ゲームをやるぞ」
 わざわざ席から立ち上がって、真儀瑠先輩は高らかに宣言した。合衆国大統領の所信表明演説より朗々としているかも。
「でも先輩が企画したにしては、王様ゲームというのは、合コンとしてはありきたりですね。意外です」
 蛍の意見はもっともだったが、……そこで真儀瑠先輩はいつものあの「ニヤリ」という笑みを浮かべた。事情を知らない男なら一発で落ちてしまいそうだが、事情を知る帰宅部メンバーは、この一瞬で肝を冷やしたはずだ。
「甘い、甘いぞ黒一点式見蛍クン。この偉大な帰宅部部長真儀瑠紗鳥とあろう者が、その辺の発情男女でさえできるような普通の王様ゲームをやるわけがないではないか」
 ごくり。と、蛍が固唾を呑む音が聞こえたような気がした。いやもしかしたら、それは私が立てた音かもしれなかった。小上がり席の方から拍手喝采が聞こえて来た。
「これからやるのは、『女王様ゲーム』だ!」
「……じょ、女王様ゲーム?」
「それのどこが、王様ゲームと違うのでしょうか?」
 私と蛍は疑問を呈したが、ユウさんと傘さんは女王様ゲームと聞いて喜んで盛り上がっている。あの二人は盛り上がって騒ぐことができればなんでもいいらしい。姉だけは、無表情で日本酒を飲んでいる。……顔色は、ほんの少し赤くなっているだけなんだが、さっきからかなり飲んでいないだろうか。大丈夫だろうか。
「ルールを説明しよう。基本は王様ゲームと同じだ。割り箸で作ったクジを全員で引く。六本のクジには、一から五までの番号と、女王様と書かれた当たりクジがある。女王様のクジを引いた者は、何でも好きな命令を出すことができる。が……」
 先輩はここで言葉を切ってタメを作った。何か、この後嫌なことを言い出しそうな予感がぷんぷんする。
「何でも好きな命令を出すことができるが……」
 もう一度言った。CM明けですか?
「その代わり、女王様は服を一枚脱がなければならない!」
 なぜかぐっと拳を握り締めて、真儀瑠先輩は力強く言った。先輩の黒い瞳は爛々と輝いている。
 それを聞いた私は、こめかみから一筋の冷たいものが頬を伝って落ちて行くのを感じた。冷や汗、というよりは冷や汁といったところだ。うん、蝦蟇の油よりも濃くてエグいモノが出たような気がするわ。
「とはいえ、居酒屋ですっぽんぽんになりたくない、という人もいるだろう。そういう人のためには、これが用意してある」
 言って真儀瑠先輩はテーブルの下に置いてあったらしい紙袋を、全員に見えるように高く掲げた。
「もうこれ以上服を脱ぎたくない、という人は、トイレへ行ってこのボンデージファッションに着替えてきてもらう。いわゆるSMの女王様ルック、だ」
 黒髪の美女は袋の中身を取り出し、テーブルの空いたスペースに並べ始めた。漆黒のレザーレオタード。蝶覆面。そして皮の鞭。更にはあろうことかロウソクまである。
 ――ぬ、脱ぐのも嫌だけど、これを着るのも嫌だわ……
「ちゃんと人数分あるし、サイズも合わせてあるから心配するな」
 いつの間に各人のサイズなんか調べたのだろう。まあ、また例によって好からぬツテを使ったに違いない。この先輩の前では個人情報なんてのは蜃気楼に等しい。
「つべこべ言わずに始めるぞ! 女王様になったら、何でも好きな命令を出せるんだからな。本来は喜ぶべきところだぞ」
「なるほど。分かりました。楽しそうですね」
 誰もがあっけにとられて言葉を失っていた中で、一人だけ先輩の悪ノリに同意した非常識人がいた。……恥ずかしながら、私の姉だった……
「ちょっと姉さ……」
「よし。巫女娘のお姉さんからも賛同をいただけたし、さっさと始めるぞ。こういうのはノリが大事だ。後輩、沈んだ表情をするのは禁止だ。もしかしたら、美女ぞろいのこのメンバーの誰かとキスしたり、胸を揉んだりすることなんかもできちゃうかもしれないんだぞ!」
 真儀瑠先輩はニヤリと笑いながら蛍を唆す。確かに王様ゲームでは、盛り上がってきたら、「一番と五番がキスをする」なんて命令が出てくるのも定番だ。
「……なんかちょっと引っかかるんですけど、先輩の決めたことに逆らうわけにはいきませんし、やるならさっさとやりましょう! おー!」
 蛍が妙に元気なかけ声と共に右手の拳を天に突き上げた。仕方なく空元気を出した、というようにも見えるが、黒一点として先輩が吹き込んだようなえっちな展開になることも期待しているのかもしれない。……蛍、不潔だわ。今度小一時間くらい正座させて説教しなくっちゃ。
「さあみんな、クジを引け」
 先輩が割り箸で作ったクジを出した。さすがに用意周到である。私も含めて五人が引き、先輩は最後に残った一本を取る。
 私はそっと、右手に持った自分の割り箸に書かれた番号を見た。「2」とアラビア数字で書いてあった。良かった、女王様じゃなくて。肩の力がほっと抜けた。溜息を一つつき、左手で髪のリボンを軽く撫でた。
「お、最初の女王様は私だな」
 残り物が当たっていた真儀瑠先輩は、「女王様」とマジックペンで書かれている割り箸をみんなに見せてから、羽織っていたカーディガンを脱いだ。
「さあ、一枚脱いだぞ。何を命令しようかな……」
 あれ、なんか釈然としないものを感じる。先輩、それだけで一枚脱いだことになるの?
 と、ここにきてようやくというか、遅すぎな感じもするが、着ている服の枚数で有利不利が変わることに思い至った。
 先輩は合コンが始まってから今に至るまで、ずっとカーディガンを脱がなかった。その理由がはじめて分かった。そして、私が着ているのはワンピースである。これを脱いでしまえば、もうそのまんま勝負下着のブラジャーとショーツである。つまり、一回女王様クジを引いちゃっただけで、私の場合はチェックメイトなのだ。顔の血がザザザっと音を立てて、全て首の下に引いたような感覚がした。もちろん脱ぐのを拒否することはできるが、その場合はボンデージ女王様ルックに着替えなければならない。それも恥ずかしくて絶対嫌だし……
「そうだな。一番のクジを引いた者が、椅子の上に立って、尻文字で「稲荷一丁お待ち」と書いてもらおう。ひらがなでな」
 真儀瑠女王様の命令が出たので、私は慌てて自分の割り箸を確認した。「2」。あ、そうだった。二番だったんだ。私じゃなかったんだった。尻文字も恥ずかしいし、二番を氏名されなくて良かった。
 この女王様ゲームのクジ引き、私にとっては絶対にハズレが許されないわ!
「わー! 傘だ! 傘が当たったー!」
 ユウさんの叫び声が聞こえた。「1」の割り箸を握り締めて、妹さんは顔を赤らめて俯き加減だ。
「サンー! やれやれ! いなり、いなり!」
 ユウさんが一人で興奮してはやし立てる。妹さんは、顔に決意を滲ませて、靴を脱いで椅子の上に立ち上がった。酒の勢いもあって開き直ったのだろう。そして、彼女の真向かいの方にお尻を突き出して、「い・な・り・い・つ・ち・よ・う・お・ま・ち」と宙に描いた。……言うまでもなく、妹さんの向かいの席は、彼女の兄の式見蛍である。
「サン、やったぁ!」
 大笑いしながら、ユウさんが拍手する。便乗して姉さんも拍手。仕方なく、という感じで蛍も拍手を始めた。こんな恥ずかしいことを本当に大胆にやっちゃった妹さんの勇気には確かに感服したので、私も拍手した。椅子に座り直した妹さんも、照れ笑いを浮かべながら自分で拍手している。
「……つまらん」
 私の正面で、真儀瑠先輩が悄然と呟いた。……はっ、そうだ。これは先輩自身の落ち度でもあると思うけど……先輩は霊を見ることができない。つまり、浮遊霊であるユウさんと、生き霊である妹さんの姿は全く見えない。透明人間みたいなものだ。透明人間が尻文字をやったって、先輩には何も見えない。これで面白いはずがない。
「次からは、ユウか傘ちゃんが何かすることになった場合、私にも見えるように、……そうだな、とりあえず私のこのカーディガンを羽織れ。他にも、その内どんどん脱いだ服が出てくるから、それを体に着けて、私でも動きが見えるようにするんだ。いいな」
 先輩は一方的に宣言した。「そんな話は聞いていない」などとユウさんと妹さんが抗議するが、先輩は耳を貸さない。というか、ユウさんと妹さんがどんなに大声で叫んだところで、通訳しなければ霊能力の無い真儀瑠先輩には届かないのだ。
 とにかく第一回目から大荒れだったけど、第二回目の女王様ゲームのクジ引きが始まった。お願いだから、女王様クジだけは来ないで……!
 ……ほっ……「4」だった。
 心臓がドキドキしている。気が付いたら肩で小刻みに息をしている。端から見たらアブナイ人かもしれないわ、今の私……
 王様は誰だったんだろう。あ、女王様か……
「僕が女王様当たったんですけど……」
 おそるおそる上申する、といった風情で割り箸を見せたのは、蛍だった。男なのに女王様とは、これいかに。
「よし、後輩。それでは早速一枚脱げ」
 いつも通り、帰宅部部長は帰宅部後輩に対しては高圧的で横柄だった。蛍も先輩に逆らうことがいかに無駄であるか熟知しているからであろう。ボタンを外して長袖のシャツを脱いだ。その下には薄いブルーの半袖Tシャツを着ていたので、いきなり上半身裸にはならなかった。
 ……って、別に蛍の上半身裸を見たかったわけじゃないんだからね。勘違いしないでよね。……って、誰に言っているんだろう、私。
「じゃあ後輩。さっさと命令を出せ」
「うーん……」
 蛍は半袖の腕で自分の胸を抱きしめるように腕を組んだ。そして沈思黙考しはじめた。
「何にすればいいんだろう。悩むなあ」
 蛍は眉をハの字に曲げて、結構真剣に悩んでいる。それもそうだろう。迂闊な命令を出せば、後で逆恨みされるかもしれないし。
「後輩の優柔不断は相変わらずだな。女王様ゲームだからといってそんなに悩むこともないだろう。普通の王様ゲームの定番命令でいいんだ。キスだとか」
「あー。じゃあ、キスにします。ええと、二番の人と四番の人がキスをする。……これでいいですか?」
 このメンバーの合コンなんだから、波風無しで終わるはずがないとは思っていたけど、二回戦からもうキスというのは、早いようにも思えるが……
 ん? 二番と四番?
 わ、私が四番だった! だ、誰とキスするんだろう? まさか、け、蛍だったりしたら……
「二番は私ですね」
 静かに申し出たのは私の姉深螺だった。……私ったら、冷静さを失っていたわ。蛍が女王様になってキスの命令を出したんだから、蛍が番号のクジを持っているはずなんて最初から無いんだから。でもちょっと焦っちゃった。……でもなんか、蛍じゃなかったってことで、ちょっと残念な気持ちもあるような……だってほら、蛍はこのメンバーで黒一点なんだから。女同士でキスしたってゲームとしてあまり意味無いし。男と女がキスしちゃう可能性があるからこそ、王様ゲームというのが存在するんだろうし。
 いや。あまり意味無いとは言ったけど、今の私にとっては意味のあるシチュエーションだ。私、キスなんて初めてなのに。それが女同士で。しかもしかも実の姉である神無深螺とだなんて。
 恥ずかしい気持ちと困惑する気持ちと顔から火を噴きそうな気持ちと理不尽さに怒る気持ちと、あと十六種類くらいの雑多な気持ちがぐるぐると渦を巻きながら胸の中で暴れ回っている。
 姉さんとキス……
 そうよ、こんなこと、気にする必要なんか無いんだわ。女同士なんだから、ファーストキスとしてはノーカウントよ。人工呼吸みたいなものなんだから。気にしちゃだめなんだからね、神無鈴音。
「さあ、鈴音。私たちは姉妹であるにもかかわらず熱いベーゼを交わさなければならないようですから、早く済ませましょう」
 姉は立ち上がって、長い白い髪を軽く肩の後ろに払った。その仕草は、同性でありかつ血のつながった妹である私から見てもゾクッとするほどに色っぽく美しかった。な、なにを女にときめいているのよ、私。
 私も、おずおずとではあるけど椅子から立ち上がった。膝が、臆病な私の精神を嘲笑っているかのように震えている。蛍が、ユウさんが、真儀瑠先輩が、妹さんが、そしてキスの相手である姉が、立ち上がる私を注目している。もうこうなったら、失うモノなんて無い。女王様が当たってボンデージファッションに着替えるよりは数百倍ましだと考えて開き直りに走るしかないわ。お酒だって飲んで、テンションがハイになって勢いもついているから、そのまんまガーッとやっちゃえばいいのよ。
 私達神無姉妹は、テーブルを挟んで顔を寄せ合い、そのまんまの勢いで唇を合わせた。甘美なやわらかい感触が、私の身体の敏感な部分に押しつけられる。でも、それは永遠のような一瞬。
 離れた。ユウさんがヒューヒューと甲高い声ではやしたてていて、妹さんはキャーと悲鳴を挙げている。姉の顔が、すぐ近くにあった。肉親であっても、逆に肉親だからこそ、恥ずかしくて直視できない。姉も恥ずかしかったのだろうか。日本酒のせい以上に顔が赤らんでいるように一瞬感じた。私はふりほどくように視線をあさっての方向に逸らし、椅子に座り込んで、照れくささを誤魔化して口直しをするかのようにウーロン茶を飲んだ。魂に火がつくような感覚が舌と喉を灼く。そうだった。これはただのウーロン茶じゃなくてウーロンハイだった。
 変則的なファーストキスの余韻に浸っている時間はゆるされなかった。すぐに真儀瑠先輩が全員の割り箸クジを回収し、三回戦が始まった。一発ヤバいクジを引いちゃっただけで私は終わるのだから、この瞬間はドキドキだ。お酒を飲んだから心拍数が上がっているというのを差し引いても、心臓が働きすぎだ。反動で明日あたりストライキを起こさなければいいけど。
 自分のクジの番号を確かめる前に、妹さんの声が上がった。
「あ、私が女王様です! 当たり当たり!」
 溜息と共に僧帽筋の力が抜けて乳酸が残る。「これって、何でも命令できるんですよねー。何にしようかな? どうせだからすごくえっちなことにしちゃおうかなぁ。さっき私、すごく恥ずかしいことさせられたし。……じゃあ五番の人が四番の人の胸を揉む! ……って、ああ、言っちゃった。もし兄さんが私の胸を揉むことになったらどうしよう……」
 なんとなく、妹さんは見当はずれな恥ずかしがり方をしているような気もしないではない。だけど、そんなことより私はまだ自分の割り箸の番号すら確認していないのだ。居酒屋内の喧噪すらよそよそしく聞こえる緊張感の中で、自分の割り箸に書かれた数字を見た。
 セーフだわ。「1」だった。
「げっ! 僕が当たっている……」
 私の隣の隣の席から、蛍のうめき声が聞こえた。蛍は頭を抱えている。
「って、あれっ? よくよく考えてみれば、エッチな命令を出しても、兄さんが私にえっちなことをする可能性って、絶対ゼロなんだ……」
 傘さんが残念そうな表情を浮かべていた。気付くのが遅すぎという説もある。
 みんなは自分の割り箸に書かれた番号を確認し、無反応である。私も一番なんだから、名乗り出ることはもちろん無い。
 あれ? 該当者が誰もいない?
 そんなはずはない。
 私達五人の視線が、幹事にして帰宅部長の美女の方へ向いた。
「な、なんだ? 傘ちゃんはどんな命令を出したんだ? 私と後輩が何かするのか?」
 このメンバーで一人だけ、妹さんの声を直接聞くことができない真儀瑠先輩は、自分が該当者だと気付いていなかったようだ。
「む、胸揉み……」
 私は唖然として口の中で小さく呟いた。先輩はそれを聞き逃しはしなかった。
「そうかそうか! 後輩が私の胸を揉むのか! ふふふふふふふふふ……」
 先輩の笑い声が不気味だった。完全に特撮テレビ番組に登場する悪の女帝って感じだ。
「だ、だめよ! だめよ! だめよ! こんなの不潔だわ!」
 立ち上がって、思わず私は叫んでいた。
 ユウさんも身を乗り出して、真儀瑠先輩に対して思いとどまるように説得していた。でも先輩はユウさんの姿も見えなければ声も聞こえない。ユウさんは説得が無駄と悟り、いまだ頭を抱えている蛍の方へ向き直った。
「ケイ! こんなのダメだよぅ。ケイも拒否してよ!」
「そうだよ兄さん! 断固拒否だって!」
 女王様として命令を出したはずの妹さんまでもが、頬をピンクに染めて目をいからせて怒鳴っている。
「ユウさんも妹さんも、やめるべきだと言っています。先輩、ここは思いとどまってください」
 私は真っ正面から先輩を凝視した。しかし先輩は余裕の笑みを浮かべるだけだった。
「巫女娘もユウも傘ちゃんも、残念だけどやめるわけにはいかないな。女王様の命令は絶対だ」
「妹さんが、『撤回、撤回、撤回!』と叫んでいます」
「一度出した命令の撤回など認めたら、王様ゲームも女王様ゲームも成り立たないだろう。さあ後輩、喜べ! さっさと揉め!」
 先輩は座ったまま、蛍の座っている対角の方に胸を突き出した。カーディガンを脱いだ先輩は、スタイルの良いきれいなバストラインを見せつけるような、Vネックにレースをあしらった、可愛らしさと上品さが同居した服を着ている。
「後輩よ、聞いて驚け。私の着ているこの服は、普通の服ではないんだぞ。なんと……授乳服なのだ!」
 じゅにゅうふく? 一瞬言葉の意味を理解できなかった。未婚で、さっき姉妹同士で最悪のファーストキスを済ませたばかりの私には、いまだ縁の無さそうなアイテム名だったからだ。
「いいか後輩。授乳服というのは、赤ん坊に母乳を与えるのに便利な構造になっている服だぞ。ほら、ここの裏にあるボタンを外してぺらっとめくれば、その下はすぐにフロントホックのブラだ。後輩も、どうせ揉むなら服の上からよりは生の方が嬉しいだろ?」
 な、なんちゅう非常識な服をきているのよ先輩は! と思った。先輩だって未婚だし、凄い美人の割には恋愛関係にも疎いから、授乳服なんてまだまだ先の話でしょうに。
「ケイ、絶対ダメ! 断って!」
「そうだよ兄さん! 服の上からでも言語道断なのに、生なんて、考えられない!」
 霊の二人は、真儀瑠先輩への説得を無理と諦め、蛍の方への説得を試みている。説得というより脅迫という勢いだけど。
 姉の深螺は、いいともダメとも言わずに事態を静観している。私はというと、真儀瑠先輩に呆れた視線を送っていた。本当に、この人は何を考えているのだか分からない。帰宅部、なんて謎な部活をやっている時点でもう特大の変人ではあるんだけど。もちろん、優柔不断で女性に甘い蛍とはいえ、こんな無体な命令は拒否するに決まっている。私はこう見えて、最後の一線では蛍を信頼しているのだ。
「分かりました。女王様の命令は絶対なんですから、やりましょう」
 蛍を信頼してい……今なんて言ったかしら?
「えええええええっ! ケイ、野獣だぁぁぁっ!」
「に、兄さんが真儀瑠さんの色香に惑わされておかしくなったよぉぉ……うぇぇぇぇん……」
「ちょっと蛍! それってどういうこと! 不潔すぎるにもほどがあるわよっ!」
「式見蛍、やはりあなたも男なのですね。頭の中には性欲が渦巻いていて、チャンスがあれば女の胸を揉みたい、と……」
 さっきまで静かだった姉までもが蛍を責める。霊二人と巫女二人の集中砲火を浴びた蛍だが、意外にも毅然とした態度で割り箸を出した。
「やりますよ。傘は『五番の人が四番の人の胸を揉む』と言っていましたよね。僕、四番ですから」
 確かに蛍が差し出した割り箸には「4」と書かれている。
 あれ?
 真儀瑠先輩の方は、確かに「5」の割り箸を持っていた。
 つまり、真儀瑠先輩が、蛍の胸を揉む。……ってことだったんだ。私たち、早とちりして、大騒ぎしちゃっただけだったんだ……
 事実を正しく認識して、霊二人と巫女二人は舌鋒を収めた。それどころかユウさんと女王様の妹さんは「早く揉めー!」と催促している。
 一人だけ、真儀瑠先輩は一瞬狐につままれたような表情をし、少し顔を伏せて小さく「ちっ……」と舌打ちしていた。そんなに蛍に自分の胸を揉まれたかったのだろうか。……いやでもこの先輩のことだからありうる。わざわざ授乳服なんて着てくるくらいなんだから、しかもフロントホックのブラを着けているとも言っていたから、明らかに想定していたはずだ。
 結局、真儀瑠先輩は面白くなさそうな表情のまま、テーブル越しに蛍の胸を大雑把に揉んだ。もちろんTシャツの上からだ。
 平穏無事に終わったけど、しらけた空気が漂ったのは事実だった。
「こうなったら誰かを脱がしてギブアップさせて、女王様ボンデージルックにさせるしかないな。四回戦、行くぞ!」
 先輩が割り箸を回収していると、その先輩の背後から忍び寄ってきた影があった。
「あのう……」
「ん? なんだ? 飲物でも頼んでいたか?」
 先輩は振り向きもせずに、若い男性店員に返答する。お前など相手にしている場合じゃないんだ、という態度がありありと見えた。常に周囲に気配りを怠らない先輩にしては珍しい態度だ。よほど今の、胸揉みが空振りに終わったのが悔しかったのだろうか。
「あのー。俺、さっきからずっとこの席のみなさんの様子を見ていたんですけど……」
 なにそれ? ストーカーまがい? ……といっても、彼が興味があるのは私ではなく、真儀瑠先輩と姉さんなんだろうけど。
「なんか、空席の所に、透明人間いません? さっきから、空席の所で料理と飲物が消費されているような気がして、気になって気になって仕方なかったんですけど……」
 ぎくうぅぅぅっ!
 霊視能力の無い一般人からすれば、この席で起きている事象はまさにオカルト現象だろう。見えないユウさんと妹さんが、一番飲んで食べているのだから。私が焦って冷や汗を流していると、先輩が億劫そうに振り向いて、店員に対して諭すように語り始めた。
「透明人間の手品なんだよ」
「は? 手品?」
「そうだ。私はマギー紗鳥というマジシャンなのだ。種も仕掛けも無いんだよ。……ユウ、ウーロンハイを飲め。傘ちゃんはイカ刺しを食べてみろ」
 先輩のごまかし方針を悟ったのか、霊の二人は素直に命令に従った。ユウさんは妹さんの飲んでいたウーロンハイをひったくって飲む。妹さんはちょっと不満そうな顔をしたけど、気を取り直して大皿からイカ刺しを取り、わさび入りしょうゆに浸して、食べた。
 霊が見えない男性店員の目には、ウーロンハイのグラスが宙に浮いて、傾いたと思ったら中身が虚空に飲み込まれていく、割り箸が宙を動いてイカ刺しを取り、しょうゆを付けて虚空が食べてしまった、というふうに見えるはずだ。
「どうだ!」
 真儀瑠先輩が授乳服の胸を張った。……いや、別に先輩の手品じゃないんですけどね。
 若い男性店員は本当に驚いたのだろう。両目と口と鼻の穴二つを最大限に開いていた。
「さあ、納得できたらさっさと仕事に戻れ。客も入って忙しいのだろう」
 先輩の言う通り、居酒屋内は盛況だった。店員たちは忙しく行き来して注文と料理とを交互に運ぶ。タバコの煙が少し濃くなったような気がする。厨房からは威勢がいいのか単なる罵声なのか分からないけど大声が挙がっている。若い男性店員も、先輩や姉にみとれている暇は無いはずだし、透明人間の仕掛けを見破ろうと目を凝らしている場合でもないはずだ。
 それでもまだ気になるのだろう、何回か振り返りながら、男性店員は去っていった。ふと小上がり席の方を見てみると、さきほど一気飲みをしていたOLさんが口から涎を垂らして爆睡していた。
「せ、先輩。これ以上長居すると、あの店員さんだけじゃなく、他の人にもユウさんと妹さんが疑われちゃいますよ?」
「むむ……」
 女王様ゲームの割り箸クジを持ったまま、真儀瑠先輩は形の良い眉をしかめた。
 こういう席では姉さんが結界を張って、周りの人とこの席とを隔離してくれれば良いのだが……でも居酒屋というのは、周囲の喧噪も含めての雰囲気が大切だ。多少タバコのケムリが漂ったとしても、周囲の空気を隔絶してしまっては、合コンの楽しみも半減だ。六人のメンバーだけで飲むのなら、わざわざ居酒屋に来なくても、蛍のアパートででもパーティーをすればいいんだから。
「仕方ないな。もうみんな充分に食べて飲んで満足したか?」
 全員が肯定した。四人分の料金で六人が満足の飲み食い。店にとっては手品のせいだけど、このテーブルの収支はマイナスのはず。ご愁傷様でした。

「では最後に……」
 先輩はテーブルの下から真四角の紙箱を取り出した。上の面にはぎりぎり手が入るくらいの円い穴が空いている。
「クジ引きだ。今回参加した女子選手五名の中で、誰が後輩にお持ち帰りされるかを決めるクジだ」
「て、ちょっと待ってくださいよ先輩!」
 一番最初に抗議したのは、クジ引きの権利が無い唯一の男子選手だった。
「なんなんですかそれ。僕の意思は無視して、クジが当たった誰かを、必ずお持ち帰りしなくちゃいけないんですか?」
「そうだ。まさか文句はあるまい」
「ありますよ。文句大ありですよ」
「じゃあどうするというのだ? クジで決めた人をテイクアウトするのが嫌なら、式見蛍クンが自ら好みの人を一名指名してもいいんだぞ。……もっとも、そんなことをしたら選ばれなかった人から恨みを買うこと間違いなしだぞ」
「うっ……」
 蛍が言葉に詰まった。優柔不断な蛍では、この中から誰か一人を選ぶなんて能動的な行動はできないでしょうね。……もし、その時に選ばれなかったら、なんか悲しいし。……べ、別にお持ち帰りされたいわけじゃないんだけどね。
「だから、クジで決めるんだ。これならば誰も文句を言うまい」
 文句は言わないし、言えないだろうけど、不満は残るでしょうね。そもそも、どうしてわざわざ、お持ち帰りの人を決めなくちゃいけないんだろう? 普通の合コンだって、気が合う人がいなければ、そのままお開きになるもんじゃないのだろうか。
「甘いな、巫女娘。合コンであるからには、最大の醍醐味であるテイクアウトが無ければ、意味がないしイベントとして面白くないではないか。だから、クジ引きをしてでも、無理矢理必ず一名お持ち帰りにするのだ!」
 こ、心を読まれた? 私、何も喋っていなかったのに、心中で考えたことを先輩にピンポイントで当てられてしまった。……やっぱり先輩は、霊視能力は無くてもタダモノじゃないわ。さすが帰宅部部長。
「さあ、巫女娘からクジを引け。折りたたまれた紙が入っているが、すぐに開いたらダメだぞ。五人全員引き終わってから、一斉に開くんだ、いいな」
 ダンボールとガムテープで作ったらしい箱が私に渡された。
 酔いが、一気にさめていく気がする。
 このクジ、重要である。さっきの女王様ゲームなどよりも重要かも。私が蛍にお持ち帰りされるか、あるいは他の誰かが蛍にお持ち帰りされるか。運命の分かれ道。ベートーヴェンが扉を叩く。
 こういう時は、迷わないのが一番いいと思う。直感で、箱の中に入れた私の右手が、一番最初に触れた紙を選ぶのがいい。
 たぶんコピー用紙だと思われる紙の感触を、人差し指と中指で挟み、目を固く瞑って箱から出した。ふうう、と、今まで止まっていた息を大きく吐き出した。
「次はユウだぞ」
 ダンボール箱を隣のユウさんに渡すと、ユウさんは迷いもせずに手をいれて、すぐに一枚を引き出した。クジは、コピー用紙を正方形に切って、対角を合わせる形で二回折ってできた三角形だ。顔の表情はいつも通りの楽しそうな笑顔で、にはこれといった変化は無かった。ユウさんは緊張しないのだろうか。私には不思議だった。
「次、傘ちゃん」
 妹さんの顔は、メデューサに睨まれて石になってしまったかのごとく固い表情だった。気持ちの揺らぎで迷っているのか、箱の中に手をいれて、あちらこちらとまさぐっているらしい。
「うーん、これにしようかな……いややっぱりこれはハズレっぽいからやめよう……」
 妹さんはこのクジに対して並々ならぬ思いを抱く理由でもあるのだろうか。随分時間をかけて慎重に選んでいる。
「きさまのワザは見切った!」
 妹さんは少年漫画の台詞みたいなことを叫んで、一枚を引き抜いた。
「なんだ傘ちゃん随分時間かかったな。……次は巫女娘のお姉さんだ」
 ダンボール箱が回された姉は、優雅な仕草で右手の袖を左手で軽く押さえ、穴に手を入れようとする。
「ちょっと待った!」
 先輩が叫び、姉の深螺は箱に入れようとしていた白い手を止めた。
「お姉さん、あんた、透視能力みたいなのを使って不正などしないよな?」
 姉の能力を考えれば、先輩の疑いはごもっともだ。でも、疑われてはさすがに姉もいい気分はしないだろう。いつもは無表情な顔に、険しい表情が宿った。
「私はあくまでもゲームとしてこのクジ引きを楽しみたいのであり、不正をしてまでお持ち帰りされたいとか、されたくないとかいう感情はありません。なぜなら私は、ここにいる四人とは違って、式見蛍になど男性的魅力を見いだしておらず、霊体物質化能力以外は全く興味は無いからです」
「ちょ……」
 今、姉が非常に不穏当な発言をした。その四人が抗議しようとしたが、姉はマイペースだった。
「そこまで疑うのでしたら、真儀瑠紗鳥、あなたが先にクジを引けばいいではありませんか。私は最後に残った一枚。それなら文句は無いでしょう」
 ふむふむ。蛍を含めて、全員が無言で頷いた。クジ引きの順番が入れ替わり、真儀瑠先輩が箱の中に手を入れる。
「どれにしようかな?」
 どれとは言うけど、二枚しか残っていないはず。迷っても仕方ないと思うんだけど。
「よし、これだ」
 妹さんほどではないけど、時間をかけてクジを選んだ先輩は、競技場にダントツ独走で戻ってきて勝利を確信したマラソンランナーのように、満面の笑みを浮かべた。どうしても必要な注釈だが、黙って笑顔を浮かべていれば、真儀瑠先輩は女優もびっくりの美人なのである。
 最後に、姉がゆったりとした動作で残った一枚のクジを引いた。これで五人の女性全員の手に、未開のクジが渡ったことになる。
 クジを引く瞬間より、全員でいっせいに開けるこの瞬間の方が、よっぽど心臓に負担がかかるわ。私の心臓は、今日何回目だろうか、激しいビートでハードロックを奏で始めた。無駄に循環する血液は、本来なら前身にくまなく回ればいいのに、なぜか首から上に集中しているというのがリアルに感じられる。またいつものように顔が赤くなっているに違いない。両耳も、ハロゲンヒーターのように熱くなっている。
「あ、先輩、当たりクジにはなんて書いてあるんですか?」
「……ああ、そうだな。先にそれを言っておこうか。当たりクジには『お持ち帰り決定』とボールペンで書いてある。ちなみに残り四枚のハズレクジは表も裏も白紙だ。……さあ、みんないっせいにクジを開け!」
 さっさと宣言して、真儀瑠先輩はさっさと自分のクジを開き始める。私は、今度は現実から逃げず目を背けずに行きたいと決意し、顔面の筋力を総動員して上と下の瞼を引っ張り、大きく目を開けたまま、二回折られているクジを開いた。たぶん、端から見れば私は滑稽な表情をしていたに違いないわ。
 私のクジは……白紙だった。
 ……
 念のため、表と裏を確認してみた。対角線に二本の折り目の付いた、正方形の白紙があるだけだった。ハズレだ。
 ほっとしたような。でもちょっと残念なような。でも複雑な感情を抱えて浸っている場合じゃない。すぐに起こる現実に向き合わなければならないのだ。つまり、誰かが当たりクジを引いて、蛍にお持ち帰りされる、という残酷な事実を。
「やったー、私が兄さんにテイクアウトされることになっちゃったー!」
 叫んでみんなにクジを見せびらかしたのは、満面の笑顔の妹さんだった。確かにそのクジにはボールペン字で『お持ち帰り決定』と書かれていた。
 つまり。
 合コンで。兄が。妹を。お持ち帰りする。
 不潔。
 そもそも合コンでお持ち帰りなんてこと自体が不潔きわまりないけど、ましてやそれが、血を分けた実の妹だなんて。ありえないわ!
「蛍! 常識で考えてよね! 実の妹をお持ち帰りなんて、もちろんしないでしょ?」
 私は思わず蛍を睨みつけた。蛍はというと、特に動揺した様子も無い。普通だ。いつも通り、ちょっと無気力っぽくて「死にてぇ……」なんて意味もなく呟いている時のような表情で、静かに座っている。
「何故だ? 何故、傘ちゃんがこのクジで当たりを引くんだ? 傘ちゃん、何か不正をしたんじゃないのか?」
 自分が引いた白紙クジを呆然とした表情で裏表何回もひっくり返して眺めていた真儀瑠先輩が、目つきを厳しくして妹さんを睨んだ。……といっても、先輩には妹さんは見えていないはずだけど。視線だけで人を殺せる、という表現があるが、この場合は先輩の視線だけで生き霊の妹さんを消滅させてしまいそうだ。
「不正なんかするわけないじゃないですか。不正だっていう証拠があるんですか?」
 妹さんも負けてはいなかった。ここで譲ったら蛍の妹の名折れだとでも思っているのか。真儀瑠先輩を相手に、真っ向から睨み付けた。
 でも先輩は無反応だ。妹さんの声が聞こえていないからだ。自分の声が相手に届いていないと遅まきながら気付いた妹さんは、なぜか私の方に視線を向ける。
「神無さん、私の言ったことを真儀瑠さんに通訳して伝えてください」
 ……てか、私がこの場における専属通訳扱いになっている? それもただ働きで?
 別にいいけど。蛍か姉かが通訳しなければ、話が全く進まない。蛍や姉に通訳を任せると、なにか私に不利なことを言われそうでコワイから、予防線を張る意味でも、私が一肌脱ぐのがいいだろう。
「不正の証拠があるんですか、と妹さんは言っています」
 私の通訳を受けて、真儀瑠先輩が言葉に詰まった。妹さんが不正を行ったという確信があって言い募っていたわけではなかったらしい。
 と、思ったら、意外な人物が席から立ち上がった。
「真儀瑠紗鳥、これはどういうことですか。これでは話が違います。クジにしかけがあって、私がお持ち帰りになると決まっていると聞いているからこそ、忙しいところをわざわざ来たのですよ。合コンの費用を全額私が出すという条件でしたが、こういうことなら、その話は無かったこととさせていただきます」
「えええっ!」
 驚愕の事実が、今、発覚した。姉と先輩が結託して、不正を働こうとしていたのだ。……そして、なぜか失敗した。
 失敗したとはいえ、私は穏やかな気分ではいられなかった。合コンでのお持ち帰りというのもだけど、クジに細工をして不正だなんて、不潔だわ。
 さっきまで和気藹々としていた合コンの場は、一転、ドロドロの陰謀劇に転じつつあった。……いや、さっきまでのあの無理無体な女王様ゲームのことを和気藹々と称していいのかどうかは別問題としておいて、だけどね……
「待て待て、今、お姉さんが酔っぱらって、意味不明なことを言ったけど、私とお姉さんが結託してクジで不正を行ったという証拠があるのか? もし不正を行ったなら、なぜ傘ちゃんが当たるというのだ?」
 先輩、お酒が入っているせいもあるのだろうけど、目が据わっている。これは完全に開き直りモードに入った。合コンはお開きになる前にもう一波乱が巻き起こり始めている。
 ここで勝ち誇ったように笑ったのは、妹さんだった。
「へへーん。実は私、昨日の内に真儀瑠さんの家に行って、一部始終をずっと見ていたもんねー。神無さんのお姉さんと電話で取引しているのも最初から最後まで全部聞いていたし、、クジに仕掛けをしている場面も全部見ていたもん!」
 更に仰天発言が飛び出した。
「ちょっと妹さん、どういうこと? 先輩がクジに仕掛けをしていたの? 詳しく話して!」
 先輩が何事か喚いているが、すっぱり無視。私も、ユウさんも、蛍も深螺さんも、妹さんの方を注視した。
「この箱の中は、セロテープで当たりクジを上の方に貼り付けてあったんだよ。私はそれを知っていたから、当たりクジを剥がして取って、代わりに残っていたハズレを貼り付けたんだよ。悪いことはできないよねぇ。天なんとかかいかい、なんとか漏らさず、って言うよねぇ」
 そんな、なんとかなんとかばかりで全然分からないんだったら、無理して博学ぶって難しい語なんか使わなければいいのに。私もその天なんとかという慣用句は知らないけど。
 妹さんの証言を受けて、ユウさんがダンボール箱を手に取り、ガムテープを剥がして分解し始めた。真儀瑠先輩が小さく舌打ちしたのが聞こえた。
「本当だぁ! セロテープが残っている!」
 ユウさんはみんなに見えるように、展開したダンボールを示した。手を入れる円い穴から少し離れた横に、輪にして両面がくっつくようにしたセロテープがあった。今なら分かる。妹さんがクジを引く時に、散々迷って時間をかけていた理由が。あれは迷っていたのではなく、貼られた当たりクジを外して、ハズレクジを付け替えていたから時間がかかっていたのだ。
「はっきりとした不正の証拠も残っているし、このクジ引きは無効だね!」
「ユウさんの言う通りだわ! クジ引きは無効!」
「え! 無効じゃないよ。私が当たりなんだから!」
 不正を働いた先輩と姉をみんなで弾劾する、という方向に行きかけていたんだけど、結束は一枚岩ではなかった。私利私欲に走った結果、クジ引きの結果を無効とするか有効とするかで意見が割れた。……なにやってるんだろ、私たち。
「当たりクジを知っていてクジを引いた人がいる限り、このクジ引きは無効ですね」
 姉が冷たい口調で言い放つ。よく考えると、姉が最初に不正をやろうとしていたのに、随分と身勝手な言い種だ。
「この結果は私にとって望ましいものではないな。このクジ引きは無効だ。セロテープ無しで、もう一度最初からクジ引きのやり直しだ」
 クジ引きを企画した張本人の先輩までもが無効と言う。
「う……有効を主張するのは私だけなんだ……」
 四対一。多数決だったら圧勝で、クジ引きは無効ということになる。でも妹さんは、当たりクジをしっかり握り締め、一歩も退かない構えだ。心なしか、普段は可愛らしい目がちょっと血走っているようにも見える。これは、合コン散会前に事態は紛糾しそうだ。
「先輩、クジ引きをやり直す必要なんて無いですよ。最初から、誰かをお持ち帰りだなんて、不潔です。クジ引きは中止ってことにしましょう!」
「そうは言うが、巫女娘だって緊張した面持ちでクジをひいていたじゃないか。本当は当たりが出るのを期待していたんだろう。中止はあり得ないな」
「鈴音の意見には同意できません」
「当たりはあくまで私なんだから!」
「中止はダメだよ。やり直しだよ!」
 私の意見は、四人全員に反対されてしまった。もうみんな我田引水を狙っているというか、自己都合に走って無法地帯だ。超個性派集団帰宅部の本領発揮といったところだ。
 わさびよりもアルコールよりもぴりぴりした空気が、浮遊霊と生き霊とハイパー巫女と横暴帰宅部長と常識的一般人の間に渦巻いた。
 五人がそれぞれ個人的思惑を持って、一歩も譲らぬ構えだから、事態を打開できるのは……
 蛍。
 黒一点の、死にたがり現守高校二年生しかいない。
 誰かが言い出したわけでも、申し合わせたわけでもないが、女五人衆はそろって蛍の方に目を向けた。とにかく鈍い蛍ではあるが、さすがにこの場では注目されて意見を求められていることを悟ったのだろう。ちょっと居住まいを正して、静かな口調で自身の意見を述べ始めた。
「僕は……クジ引きの結果は有効でいいと思います」
 一瞬の静寂。
「ほらほらほら、やったやったやった。私が兄さんにお持ち帰り! やっぱり兄さんは人間が出来ているよねぇ!」
 ああ、なんということでしょう。嘆かわしい……
 私は見習いではあっても神無家の一員であって、苗字からも分かる通り、神に仕えている巫女ではない。自分の苗字の漢字を説明する時には、「神様バカヤローの神」と言うくらい、神なんか信じちゃいない。そんな私でも、神に祈りたい気分だわ。いや、祈るのではなく、バカヤローと文句を言いたい。
 居酒屋の空気が、どんよりと重くなったように感じる。タバコの煙が濃くなったから、というよりは、単なる気分の問題による錯覚なのだろうが。肺の中にタバコのタールとニコチンと一緒に、熱く溶けた鉛を流し込まれたような不快感だ。
 妹さん以外の女性メンバーが文句を言い募ろうとするところへ、蛍はオーケストラの指揮者のように手を上げて、他者の発言を遮った。
「だって、よく考えてみてくださいよ。クジ引きするしない関係なしに、傘は幽体離脱して北海道からこっちに来ている時は、僕の部屋に寝泊まりしているんですよ。今晩、仮にクジ引きを無効としても、傘とは一緒にアパートに帰るんです。傘だけでなくユウも一緒ですけどね」
「……あ」
「……う」
「……お」
 私、姉、先輩が、一言だけを発して絶句した。言われてみれば、その通りだ。
「じゃケイは、クジ引きの結果関係無しに、私のことをお持ち帰りしてくれるつもりだったんだねぇ! 嬉しいー! やっぱり蛍大好き!」
 ユウさんは非常に自分に都合の良い牽強付会な解釈をして、隣の蛍に抱きついた。それはもう、東西の横綱が土俵の中央でがっぷり四つに組んだみたいな格好だ。
 正面を見ると、真儀瑠先輩が釈然としない表情を浮かべていた。
「クジ引きが無効で、ユウと傘ちゃんだけがお持ち帰りというのでは、合コンとしての醍醐味が著しく欠けるではないか。そんなのは帰宅部部長として、断じて認めるわけにはいかない。……よし、こうしよう」
 先輩はにやり、と蛍の方を流し目で見た。色っぽい仕草なのかもしれないが、ユウさんに抱きつかれたままの蛍は体を震わせた。無理矢理風呂に入れられて濡れた哀れな黒猫みたいだった。
「ど、どうするというのでしょうか、先輩……」
「ユウと傘ちゃんだけでなく、ここにいるメンバー全員をお持ち帰りということにする。そして、後輩のアパートで、ジュースとお菓子で二次会だ!」
 蛍の口からは「え」に濁点を六つくらい付けたような、ガマカエルが踏みつぶされたような濁った声が漏れた。
「文句はあるまい。きれいどころ五人をお持ち帰りなんて、普通の合コンでは体験できないことだぞ。ちなみに、ジュースとお菓子の代金は、ホストの後輩持ちだからな。よろしく」
「そ、そんな……ちょっともう僕的には財政すごいピンチなんですけど……」
 蛍の弱々しい反論だが、横暴な帰宅部部長は聞いちゃくれない。
「金が無いなら、また女装のバイトを紹介するから、働けばいいだろ。どうだ、巫女娘、お姉さん。五人全員でお持ち帰りされて、後輩の部屋で二次会。費用は全額後輩持ち。来るだろう?」
 先輩は「行くだろう」ではなく、「来るだろう」と言った。もう既に、二次会実施は決定事項なのだ。
「せっかくですから、私は参加させていただきましょう。……鈴音はどうします?」
 これで、ユウさん、妹さん、先輩、姉の四名が参加決定だ。ここで、私一人だけがこのまま帰宅してしまうというのは、いかに帰宅部とはいえ、なんだか癪だわ。
「わ、私も二次会に行ってみようかな……お、お持ち帰りされるわけじゃないんだからね。勘違いしないでよね、蛍」
「僕も含めて六人分のジュースとお菓子を買わなくちゃならないのか……死にてぇ」
 蛍はぼやいた。死にたがり美少年式見蛍君の口癖だから、女性メンバー五人全員がするっとスルーする。
「よし、それでは店を出よう。支払いは、後輩、お前が頼むぞ」
「え?」
 ようやくユウさんが離れてくれて、おそらくは色々な意味が籠もっているであろう深い深い溜息をついていた蛍が、幹事である先輩のサプライズ発言に顔面を蒼白にしていた。
嫌いなタバコの煙が漂ってくる環境を我慢して疲弊していたであろうに、蛍に対してはこれ以上ない追い打ち通告だ。
「後輩よ。合コンというのは、男が女の分の会費も払う。そういうものだろ?」
「え。だけど先輩。『会費はこっちで払うから、後輩はお金の心配をしなくていいぞ』って言っていたじゃないですか。だから僕、参加したんですよ。さっき、深螺さんがこの場の全額を持ってくれるって……」
「お持ち帰りのクジ引きが無効になったからには、その約束も無効です。……まあこの場は私が立て替えてもいいですが、後で必ず返してもらいますよ。それでよろしいですか、式見蛍?」
 冷酷なプロである姉の物言いは、氷よりも液体窒素よりも冷たかった。
 私を含めて五人の女性がわいわいと楽しく店を出る中で、一人最後尾の蛍だけは、がっくりと肩を落としていた。
 姉が四人分食べ放題の料金を払う。あの若い男性店員が、すれ違いざまに私たち一人一人に対して「ありがとうざいました、ありがとうございました、ありがとうございました、ありがとうございました」と大きな声で挨拶した。
 店の外はすっかり暗くなっていて、空には星が瞬き始めている。ふと横を見ると、小上がり席で一気飲みをしていたOLさんと、会社の同僚たちと思われる一団が、次の二次会の場をどこにするか相談していた。夜は、これからだ。彼らも、私たちも。
「はぁ……死にてぇ……いや、もうお金が無い。リアルで餓死できる……ううっ、美少女五人と合コン……美少女なんて、大嫌いだ……」
 蛍は世の男性の九十九パーセントを敵に回す発言をした。項垂れているので、目が長い前髪に隠れ、表情は窺えない。
 五人、ということは、私も一応美少女として数えられている。それがほんのちょっぴりだけど、嬉しかった。お酒のせいではなく、胸がぽっとあたたかくなった。


メイド服、巫女衣装で萌える?

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